YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第12話:サザエさんの足音

日曜日の夕暮れ。テレビから流れるアニメの軽快な主題歌が、僕には「明日という名の執行猶予」が終わる合図のように聞こえる。
 街全体が、どことなくソワソワし始める時間だ。スーパーのレジに並ぶ人々のカゴの中身が、平日のための作り置きの材料や、月曜日の朝食に変わっていく。

「……ねえ、湊くん。日曜日の夜に一番必要なものって、何だと思う?」
 キッチンで明日のお弁当の準備をしている透子が、不意に問いかけてきた。彼女は今、茹で上がったブロッコリーをこれでもかというほど冷水で締めている。
「温かいお風呂と、早めの就寝かな」
「ハズレ。正解は『記憶喪失』よ。明日が月曜日だっていう事実だけを綺麗に忘れられたら、今この瞬間をどれだけ楽しめるか」
「それは、楽しみというよりは、ただの現実逃避だね」

 透子はブロッコリーの水を切りながら、小さく溜息をついた。
「現実逃避の何が悪いの。現実が厳しすぎるから、みんな逃げる場所を探してるんでしょ。湊くんの図書室だって、一種の避難所じゃない」
「避難所、か。確かにそうかもしれない」

 僕たちは、明日からまた始まる「戦い」に備えて、武装を整え始めている。
 ネクタイを締め、笑顔の予行練習をし、心を少しだけ硬くして、不条理に耐えられるように。
 そんな準備が必要な毎日そのものが、実は少しだけ歪んでいるのではないか。そう問いかけてみたくなるけれど、ブロッコリーを小分けにする透子の真剣な横顔を見ると、その言葉を飲み込んでしまう。
 彼女は、戦う準備をしているのだ。そんな彼女の隣で、僕はただ「戦わない権利」について思索を巡らせている。
 日曜日の夜の静寂は、明日への不安を栄養にして、ゆっくりと深まっていった。