YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第1話「現像」

古いミノルタの一眼レフカメラ

Photo by Aperture Vintage (Unsplash)

1. 最後の1枚

封筒の中身を全部取り出したとき、最後の1枚だけ裏返しになっていた。

偶然だと思う。 でも、表に返した瞬間——なぜか息が止まった。

笑っていない。

12枚の写真に写っていた女性は、ずっと笑っていた。 浜辺でも、坂道でも、古い喫茶店の窓際でも。 なのに最後の1枚だけ、彼女は笑っていなかった。 遠くを見ている。 何かを見送っているような顔で。

封筒に消印はなかった。フィルムがいつのものかもわからない。 女性が誰なのかも、撮ったのが誰なのかも、わからない。

ただ、その顔が——頭から離れなかった。

2. 三千円のカメラ

話は少し戻る。

七月の頭、試験勉強から逃げて高円寺をぶらついていたとき、 リサイクルショップの棚でそのカメラを見つけた。

ミノルタのSR-T101。1970年代の一眼レフ。値札は三千円。

手に取るとずしりと重かった。 シャッターを押すと、カチャン、という金属の音がした。 プラスチックじゃなくて、機械全体が鳴っているような音。 気に入った。三千円なら、まあ。

買おうとして、気づいた。 フィルムが入ったままだ。

「買取品なんで詳しくはわからないですけど、そのまま来ましたよ」

店員はそれだけ言って、スマホに目を戻した。

フィルムが入ったまま、買った。

3. 健太

帰り道、健太にLINEした。

フィルムカメラ買った
中にフィルム入ってた
未現像のやつ

既読がすぐついた。

は?
誰かの写真じゃん
現像しろよ絶対

三秒後に電話がかかってきた。

「勝手に現像していいのかな」 「もう捨てられたも同然でしょ。てか何撮ってんの気になる」 「お前、試験勉強は」 「してない」 「俺もしてない」

なんの解決にもならない通話を切って、写真屋を検索した。 近くにフィルム現像を受け付けている店があった。

4. 一週間

写真屋のおじさんは慣れた手つきでフィルムを取り出した。

「36枚撮りですね。何枚残ってるかは現像してみないと」 「古くても大丈夫ですか」 「フィルム次第ですが、たぶん出てきますよ。一週間ほどいただきます」

一週間。 その間に試験が全部あった。 ギリギリで勉強して、ギリギリで乗り越えた。 最後の試験の前日は深夜まで教科書を読んだ。 エアコンが効きすぎて寒かった。 コンビニのカップ麺が三日連続だった。

試験が終わった日の午後、写真屋に寄った。 外に出たら夏休みが始まっていた。

「13枚でした。保存状態はまあまあでしたよ」

小さな封筒を受け取って、公園のベンチで開けた。

5. 12枚

どれも夏の写真だった。

海の近くの、強い光。フィルム特有の、少し褪せた温かい色。

被写体はひとりの女性。二十歳前後。 カメラに向かって笑っているんじゃなくて、 別の方向を見ながら笑っている。 誰かが「ねえ」と呼んで、振り返った瞬間を撮ったような顔だ。

浜辺。防波堤。坂道。古い喫茶店の窓際。神社の石段。

どれも同じ海辺の町らしかった。 見当がつかなかった。

一枚ずつめくっていって——最後の1枚で、手が止まった。

6. 汐見

右端に岩礁が写っていた。

いくつかの岩が海面から突き出している。 ふたつの大きな岩が噛み合うように並んで、歯みたいな形をしている。

見たことがある。

どこで——と考えて、三秒で思い出した。

汐見だ。

千葉の、実家のある小さな町。 子供のころ砂浜から何度も見た岩礁で、あの形は間違えない。

写真を最初から見直した。 浜辺の砂の質感。防波堤の形。坂道の石段。 全部、汐見だ。

誰かが20年前の夏、汐見でこの女性を撮っていた。 誰が。なぜ。なぜカメラは東京のリサイクルショップに流れてきたのか。

わからない。何もわからない。

でも、最後の1枚の女性の顔が頭から離れなかった。 笑っていない、あの顔が。

汐見に帰ろう、と思った。 もともと帰省するつもりだったし——でも、それだけじゃない気が、した。


次回「帰省」は2026年7月17日公開予定です。


📷 カメラの話

蒼が買ったカメラ——ミノルタ SR-T101

この物語のキーアイテム、ミノルタ SR-T101は1966年発売の一眼レフカメラです。世界で初めて「分割測光(CLC)」という技術を採用し、逆光でも露出がブレにくいのが特徴。機械式シャッターなので電池が切れても動き続ける、タフなカメラです。

中古市場では今も数千円から手に入り、フィルムカメラ入門機としてよく名前が挙がります。レンズはロッコール50mm F1.4——このレンズ目当てに買う人もいるほど、写りに定評があります。

実際にこのカメラで撮影した作例写真はこちら。フィルム特有の粒子感と色の滲みが出ています。

【作例レビュー】minolta SR T 101 — ENCOUNTER MAGAZINE