YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第78話:『便利』という名の麻酔

水曜日。再開発計画の一環として、図書室の前の道に「スマート街灯」が設置された。 人の動きを検知して明るさを変え、Wi-Fiを飛ばし、周囲の喧騒をデータ化する最新の設備だ。確かに便利だし、夜道も明るくなった。けれど、その青白い光は、図書室がこれま…

第77話:『華麗なるギャツビー』と、過去の書き換え(赤の糸)

火曜日の朝。返却ポストに入っていたのは、フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』だった。 過去を取り戻そうとして、悲劇的な結末へと向かう男の物語。ページをめくると、ギャツビーが「過去をやり直せるさ」と断言する有名な場面に、あのピンク色の付…

第76話:社内会議という名の法廷(青の糸)

月曜日の朝。透子は、いつもより三十分早く家を出た。 カバンの中には、週末を削って書き上げた新しいコンセプト案が入っている。タイトルは「記憶を継承する街」。それは、デベロッパーが求める「未来への疾走」を、あえて「過去への眼差し」に書き換えると…

第75話:日曜日の予感、沈黙の電話

日曜日の夕暮れ。図書室の電話が、閉館間際に鳴り響いた。 ディスプレイに表示されたのは、登録のない番号。けれど、僕はなぜか、その予感に胸が騒いだ。 「……はい、シェア・ライブラリーの湊です」 受話器の向こうからは、雨音に混ざって、微かな、しかし規…

第74話:雨の休日、静かな決意

土曜日。予報通りの雨は、街の輪郭を優しく溶かし、僕たちを図書室という名の小さな箱に閉じ込めた。 透子は昨日宣言した通り、膨大な資料と向き合い、パソコンのキーを叩き続けている。その横顔は、昨夜までの迷いが消え、どこか誇らしげですらあった。 僕…

第73話:嵐の前の、赤いご馳走

金曜日の夜。部屋の空気は、昨日からの緊張を孕(はら)んだまま、ひどく重苦しかった。 透子は一言も発さず、ただ暗い画面のスマートフォンを眺めている。 こんな時、正論や励ましの言葉は何の役にも立たない。僕にできるのは、彼女の胃を温め、少しでも戦…

第72話:鏡の中の敵(青の糸)

木曜日。透子が仕事から帰ってくるなり、いつになく激しい勢いでカバンをソファに投げつけた。 「……湊くん、笑っていいわよ。私、今度のプロジェクトで、例の『再開発エリア』のPR担当に指名されたわ」 その言葉は、静かな部屋に重く響いた。 第1の糸、透子…

第12話「傷口に塩」

1. 不登校 佐藤さんが、学校に来なくなった。 一日、二日、三日。 欠席が続いてる。 「佐藤さん、今日も休みか...」 三年二組の教室で、空席を見つめた。 蓮くんが近づいてきた。 「先生、佐藤に連絡しましたか」 「うん。でも、返事がなくて」 「そうですか…

第71話:届かない声、届きすぎる数字

水曜日の午前、僕は集まった署名を持って区役所の担当窓口を訪れた。 窓口の職員は、マニュアル通りの「十五度の角度」で頭を下げ、僕が差し出した数百名の想いが詰まった封筒を、まるで事務用品の補充でも受け取るかのように淡々と処理した。 「湊さん、お…

第70話:『蜘蛛の糸』と救いの手(赤の糸)

火曜日の朝。返却ポストに、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』が入っていた。 地獄の底から一本の糸を頼りに登ろうとするカンダタの物語。ページをめくると、糸が切れる直前の、カンダタが「俺のものだ!」と叫ぶ場面に、あのピンク色の付箋があった。 『湊さん。あ…

第69話:第三の波紋、名もなき署名(白の糸)

月曜日の朝。図書室のポストに、分厚い封筒が届いていた。 中を確認すると、それは数十枚に及ぶ「署名用紙」だった。先日の住民説明会で僕が発言したことに共感したという、近隣の若い世代の住民たちが中心となって集めたものらしい。 『湊さんの言葉に救わ…

第68話:日曜日の溜息、紫陽花の青

日曜日の夕暮れ。図書室の軒先に咲く紫陽花(あじさい)が、雨に濡れて鮮やかな青色を放っている。 紫陽花の色は、土の酸性度によって変わるという。置かれた環境によって、自分の色を変えてしまう花。それはどこか、社会という土壌に染まっていく僕たちの姿…

第67話:雨の日の「二人の読書会」

土曜日。予報通りの土砂降りは、街から「外出」という選択肢を奪い去った。 図書室の窓を叩く雨音は、どこか遠い異国の大太鼓のように、力強く、そして単調に響いている。利用者は一人もおらず、僕と透子(とおこ)の二人だけが、静まり返った館内に取り残さ…

第66話:憂鬱を干し上げる、生姜の温もり

金曜日の夜。外は土砂降りだった。 透子が玄関を開けた時、彼女の体からは、冷たい雨の匂いと、芯まで冷え切った焦燥感が漂っていた。 「……湊くん。もう、体が重くて動かない。指先までふやけて、自分が溶けて消えちゃいそう」 彼女はカバンを投げ出し、その…

第65話:水を含んだ図面(白の糸)

木曜日。再開発のデベロッパーの担当者が、雨合羽を着て図書室に現れた。 彼の持っている分厚い図面ケースは、雨のせいで少しふやけて、角が丸くなっていた。 「湊さん。文化財調査の件ですが……中間報告が出ました。残念ながら、建物の梁(はり)に価値は認…

第11話「口は禍の元」

1. 異変 六月中旬。 三年二組の教室に入った時、空気が違った。 「...」 生徒たちが、ひそひそ話してる。 チラチラと、誰かを見てる。 視線の先は、佐藤さん。 一人で、俯いてる。 「じゃあ、授業を始めます」 いつも通り、授業を進めた。 でも、気になる。 …

第64話:万葉の雫と、鳴る神(赤の糸)

水曜日の朝。返却ポストに、一冊の古い『万葉集』が入っていた。 著作権の概念など存在しなかった千年以上前の歌集。ページをめくると、あの中大兄皇子の有名な歌ではなく、あまり目立たない一首の横に、あのピンク色の付箋があった。 『雷神(なるかみ)の…

第63話:湿ったウールの孤独

火曜日。雨は止む気配を見せず、図書室の中にも重たい湿気が忍び込んできた。 本たちが、空気中の水分を吸って、いつもより少しだけ厚みを増しているように感じる。古い紙と、湿ったウールのコートが混ざり合った、独特の、どこか寂しい匂い。 午前中、一人…

第62話:六月の境界線、濡れた境界線

六月一日。月曜日の朝。世界は、濃い灰色のベールに包まれていた。 しとしとと降り続く雨は、街の輪郭を曖昧にし、あらゆる音を湿った空気の中に閉じ込めてしまう。五月のあの眩しい光が、遠い前世の記憶のように感じられるほど、急激な季節の転換だ。 駅の…

第61話:五月の決算、六月の雫

五月三十一日、日曜日。予報通り、朝からしとしとと静かな雨が降り始めた。 五月のあの突き抜けるような光を、すべて優しく覆い隠すような、淡い灰色の空。 僕はカウンターで、今月の「心の収支報告書」をまとめていた。 再開発の波、井戸の発見、説明会での…

第60話:五月の足跡、雨の予感

土曜日。五月の最後を飾るような、どこまでも高い青空が広がっていた。 図書室のテラス席で、僕は昨日透子が残した、わずかなメイプルシロップの香りを思い出しながら、一冊の古い地誌を捲(めく)っていた。 ふと、一人の常連の老婦人が、僕の元にやってき…

第59話:焦りを溶かす、甘い魔法のパン

金曜日の夜。今日ばかりは、僕の方が「価値」や「責任」という言葉に押し潰されそうになっていた。 再開発を巡る賛成派と反対派の議論。文化財調査のプレッシャー。屋根裏の手紙から受け取った重いバトン。それら全てが、僕の肩に鉛のようにのしかかっていた…

第58話:『価値』の定義、あるいは測り方

木曜日。図書室のカウンターで、僕は昨日の手紙のことを考え続けていた。 世の中には、二種類の「価値」がある。 一つは、誰にでも分かる「数字」としての価値。坪単価、耐震等級、再開発による経済効果。それは明確で、議論の余地がない。 もう一つは、本人…

第10話「雨だれ石を穿つ」

1. 梅雨入り 六月。 梅雨入りした。 毎日、雨。 じめじめして、気分も沈みがち。 「今日も雨か...」 傘を差して、学校に向かう。 水たまりを避けながら歩く。 学校に着くと、生徒たちも濡れてた。 「おはようございます、サラ先生」 「おはよう。濡れなかっ…

第57話:屋根裏のタイムカプセル(白の糸)

水曜日の午後。文化財調査員の女性と共に、僕は普段立ち入ることのない図書室の屋根裏へと足を踏み入れた。 梯子(はしご)を登った先は、何十年分もの埃(ほこり)と、どこか懐かしい木の匂いに包まれた、静寂の塊のような空間だった。 「湊さん、見てくだ…

第56話:『羅生門』の雨と、正義のありか(赤の糸)

火曜日の朝。返却ポストに、芥川龍之介の『羅生門』が入っていた。 雨が降りしきる中、生きるために悪を正当化する下人の物語。ページをめくると、あの中盤、老婆の服を剥ぎ取る場面に、あのピンク色の付箋があった。 『「生きるためなら何をしてもいい」と…

第55話:図面を止める「記憶の石」(白の糸)

月曜日の朝。図書室の前に、一台の黒いセダンが止まった。 降りてきたのは、先日のデベロッパーの男性……ではなく、白髪の混じった眼鏡の女性だった。彼女は建物を見上げ、小さなカメラで外壁を丁寧に撮影し始めた。 「失礼。ここの管理人の湊さんですね? 私…

第54話:塩の匂いと、日曜日の帰還

日曜日の午後。僕たちは、髪に微かな潮の匂いを残したまま、街へと戻ってきた。 駅を降りた瞬間に鼻を突くのは、アスファルトが焼ける匂いと、排気ガスの乾いた空気だ。海での数時間が、まるで遠い異世界の出来事のように思えてくる。 「……現実に戻ってきち…

第53話:青い水平線と、砂の中の決意

土曜日。僕たちは始発電車に乗り、一時間半かけて海へ向かった。 街の喧騒と再開発の騒音から逃れるための、小さな逃避行だ。五月の海は、まだ夏のような暴力的な輝きはなく、ただどこまでも優しく、透き通った青を湛(たた)えていた。 「……広いね。図書室…

第52話:逆転のキッチン、盾を置く夜

金曜日の夜。今日に限っては、僕の方が精神的に限界を迎えていた。 昼間、再開発反対派の住民から「もっと過激に抗議しろ」と迫られ、賛成派からは冷ややかな目を向けられた。正解のない対立の真ん中に立ち続けることは、僕が想像していた以上に心を摩耗させ…