YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第2話「帰省」

車窓から見える海

Photo by Varvara Galvas (Pexels)

1. 机の上の13枚

部屋に戻って、まず写真を並べた。

机の上に、12枚を二列に並べる。 最後の1枚は、なんとなく端に置いた。 あの女性が遠くを見ている、あの一枚だ。 他の写真と一緒に並べるのが、どうしても気が引けた。

並べてみると、よけいに見えてくるものがあった。 浜辺の砂の粒。 防波堤のコンクリートの欠け方。 坂の途中の石段の、苔の生え方。

どれも、子供のころ通った場所の感触だった。

写真の中の光は、いまの七月の光と少し違った。 もっとやわらかくて、輪郭が滲んでいる。 夏の終わりの光、というやつかもしれない。 それか、フィルムが古いせいかもしれない。

たぶん、両方だ。

2. ホラーじゃないの

健太に画像を送った。 机の上の13枚を、上からスマホで撮ったやつだ。

全部汐見だった
俺の地元

既読がついた。三秒。

は?
え何それ
ホラーじゃないの
ホラーではないと思う
ただの古い写真
いやホラーじゃん
誰かの夏休みが
お前の地元で全部撮られてんだぞ

そう言われるとホラーかもしれなかった。 でも、なんでだろう、怖いという感じはあまりしなかった。 むしろ——なんていうか、向こうから呼ばれてる、みたいな。

そういうことを書くとまた電話がかかってくる気がしたから、書かなかった。

帰省するからついでに見てくる
ついでじゃないだろ絶対
何かあったら教えろよ
ガチで

ガチで、という言葉に、健太のおもしろがり半分・心配半分の目が見えた気がした。

3. 総武線

試験が終わった日の夜、母にLINEを入れた。

明日帰る

返信は朝になっていた。

わかった ご飯は夜ね

それだけだった。 母はだいたいそうだ。 帰る帰らないでいちいち騒がない。

朝、リュックに着替えとカメラと、写真の入った封筒を詰めた。 封筒は念のためジップロックに入れた。 湿気で写真がくっつくと困るな、と思って、それからすぐ、 何でこんなに丁寧に扱ってるんだろう、と自分で笑った。

総武線は混んでいた。 夏休みに入った大学生らしいやつが、何人か浮かれた顔で座っていた。 俺もたぶんそういう顔をしているんだろう。 スマホで自分の顔をちらっと見たら、思ったほど浮かれていなくて、すこしがっかりした。

千葉駅で外房線に乗り換える。 人がぐっと減る。 車窓が住宅地から田んぼに変わっていく。 田んぼの緑が、強い七月の光を全部受け止めて、こっちまで眩しい。

そのうち、海が見えた。

たぶん、何回見ても、ここは「あっ」と思う。 急に視界がひらけて、青がどっと入ってくる。 慣れてもいい場所のはずなのに、慣れない。

4. 汐見駅

汐見駅の改札を出ると、潮の匂いがした。

東京の夏とは違う匂いだ。 少し甘くて、少し生臭くて、奥のほうに乾いた砂の匂いが混じっている。 鼻の奥が、勝手に「夏休み」というラベルを貼る。

駅前のロータリーは記憶と同じだった。 タクシーが二台、客を待たずに止まっている。 向かいの土産物屋の軒先に、色あせたのぼり旗が出ていた。 「あわび丼」と書いてある。 たぶん、五年前から同じやつだ。

商店街を抜けて、裏通りに入る。 うちは古い二階建ての民家で、一階の奥が母の食堂になっている。 昼の営業はもう終わった時間だった。

「ただいま」

「おかえり」

母は厨房で、夜の仕込みをしていた。 出汁を取っているのか、煮干しの匂いがした。 振り返らなかった。 いつもそう。 いちいちこっちを見ない。

「父さんは」 「漁協」 「今日も遅い」 「だいたい遅い」

それで会話は終わった。 俺は二階の自分の部屋に上がった。

5. 自分の部屋

部屋は、出ていったときのままだった。

高校のときに貼った映画のポスターも、本棚の小説も、 机の隅に置きっぱなしにした腕時計も。 東京で暮らし始めて、新しい自分のいろんな物が増えたぶん、 ここの部屋の物が「止まっている」感じがいっそう強かった。

窓を開けた。 セミの声が一気に入ってきた。 東京のセミとは音が違う。 たぶん種類が違うんだろう。 これは、小さい頃から聞いていた音だ。

リュックから封筒を取り出して、机の上に12枚を並べた。 最後の1枚は、また端に置いた。

並べていると、ふと気づいた。 順番がある気がする。

光の角度。 影の落ち方。 被写体の表情のゆるみ方。

これは——なんとなくだけど、 朝に撮ったやつから、夕方に撮ったやつへ、流れている気がする。 たぶん、撮ったのは一日の出来事だ。 それか、何日かの夕方を集めたのかもしれない。 わからない。

6. 一枚目の場所

最後にもう一度、最後の1枚を見た。

笑っていない女性。 遠くを見ている。 何かを見送っているような顔。

そして右端の、あの岩礁。

「沖の歯」と地元の人が呼んでいた、はずだ。 俺もそう呼んでいた気がする。 浜辺から見える、ふたつの大きな岩。 歯みたいに噛み合って、海面から突き出している。

——明日、行こう。

写真を一枚目から順に並べ直して、 朝いちばんに撮られたっぽいものを上にした。 それが、汐見海水浴場の浜辺の写真だった。

明日、まずあそこに行く。 写真の角度と同じ場所に立ってみる。 そこから始めよう、と思った。

カーテンを引いた。 セミの声がすこし遠ざかった。

翌朝、一枚目の場所に向かった。 そこで見たものは——


次回「図書館」は2026年7月24日公開予定です。


📷 カメラの話

なぜ今、若者がフィルムカメラに惹かれるのか

蒼が「特に理由はない、なんとなくフィルムの質感が好きだった」と言うあの感覚。じつは今、若い世代の間でフィルムカメラの人気が再燃しています。

スマホで何枚でも撮れる時代だからこそ、「撮り直しがきかない」「現像するまで結果がわからない」という不便さが、新鮮な体験として受け取られているそうです。フィルム特有の粒子感や、すこし褪せたような色味も、デジタルにはない魅力として若い世代の心をつかんでいます。

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