1. 桜の校門
四月。
桜が満開だった。
新しいスーツに身を包んで、校門をくぐる。
心臓がバクバクしてる。
大丈夫かな。
私、ちゃんとやれるかな。
「瀬良美咲、二十三歳。今日から、ここで働くんだ」
自分に言い聞かせる。
深呼吸。
職員室に向かう廊下。
生徒たちが走り回ってる。
新学期の空気。
ざわざわしてて、キラキラしてて。
「あ、新しい先生だ!」
「若い!」
「かわいい!」
生徒たちが私を見て、ひそひそ話してる。
恥ずかしい。
でも、ちょっと嬉しい。
職員室のドアを開けた。
2. 職員室にて
「失礼します。本日より着任しました、瀬良美咲です」
頭を下げる。
職員室には、たくさんの先生方。
「おお、新人さんか」
「よろしくね」
「英語担当だっけ?」
温かい声をかけてもらえた。
ホッとする。
「瀬良先生は、三年二組の副担任ね。岩崎先生のクラス」
教務主任の先生が、配属を教えてくれた。
副担任。
新人なのに、いきなり三年生の副担任。
大丈夫かな。
「瀬良先生」
低い声がした。
振り返ると、四十代くらいの男性教師が立っていた。
鋭い目。
厳格な雰囲気。
「岩崎格です。三年二組の担任をしています。お前の指導教員も兼ねる」
「よ、よろしくお願いします」
「...」
岩崎先生は、私をじっと見た。
「期待はしていない」
「え」
「結果で示せ」
そう言って、岩崎先生は自分の席に戻っていった。
な、何だったの今の。
怖い。
厳しそう。
しかも、指導教員って。
これから、あの先生の下で学ぶのか。
隣にいた女性の先生が、小声で話しかけてきた。
「気にしないで。岩崎先生、ああいう人だから」
「は、はい...」
「私、山田。理科担当。何かあったら相談してね」
「ありがとうございます」
「副担任って大変だけど、岩崎先生の下なら勉強になるわよ」
山田先生の笑顔に、少し救われた。
3. シアトルの記憶
職員会議が終わって、自分の席に座る。
英語科の教材。
授業の準備。
やることがたくさんある。
「大丈夫かな...」
思わず呟いた。
シアトルにいた頃を思い出す。 小学二年生から中学三年生の冬まで、約七年間。 父の仕事で、アメリカに住んでた。 高校受験に間に合うように、帰ってきたんだ。
向こうの学校は、もっと自由だった。
先生と生徒の距離も近くて。
色々な進路があって、誰も「普通」を押し付けなかった。
日本に帰ってきて、驚いた。
「良い高校に行って、良い大学に行く」
そういう空気が、当たり前みたいにあって。
でも、私は知ってる。
道は一つじゃないって。
シアトルで、色々な人を見てきたから。
教師になったのは、それを伝えたかったから。
生徒一人一人の可能性を、信じたかったから。
「頑張ろう」
小さく呟いた。
4. 三年二組
午後、三年二組の教室へ向かう。
今日は顔合わせだけ。
自己紹介をして、挨拶をする。
それだけ。
それだけなのに、緊張する。
教室のドアを開けた。
「こんにちは」
生徒たちが、一斉にこっちを見た。
三十人くらいの目が、私に向いてる。
「英語担当の瀬良美咲です。よろしくお願いします」
頭を下げる。
「「よろしくお願いしまーす」」
元気な声。
良かった。雰囲気は悪くなさそう。
「先生、若いですね!」
「何歳ですか?」
「彼氏いますか?」
質問攻め。
生徒たち、元気だな。
「二十三歳です。彼氏は...いません」
正直に答えたら、教室がざわついた。
「えー、もったいない!」
「先生、かわいいのに!」
からかわれてる。
でも、悪い気はしない。
ふと、窓際の席に目が行った。
一人の男子生徒が、こっちを見てる。
明るい表情。
でも、どこか影がある気がした。
「君、名前は?」
「難波蓮です」
「難波くん。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
蓮くんが笑った。
良い笑顔だった。
でも、やっぱり。
何か、気になる。
5. いない生徒
自己紹介の途中で、気づいた。
一人、いない。
「あの、一人足りないような...」
「ああ、南雲ですね」
担任の岩崎先生が入ってきた。
「南雲統。授業中に抜け出すのが常習だ」
「え、それは...」
「放っておけ。あいつは、そういう奴だ」
岩崎先生は、それ以上何も言わなかった。
「南雲、今日は校庭で昼寝してますよ」
生徒の一人が言った。
「またかよ」
「南雲は南雲だから」
「先生、気にしなくていいですよ」
クラスメイトたちは、慣れた様子。
サボり常習犯?
でも、みんな普通に受け入れてる。
不思議な生徒だな。
窓から校庭を見ると、確かに。
木陰で、一人の男子生徒が寝てた。
気持ちよさそうに。
「南雲くん...」
気になるけど、今日は放っておこう。
岩崎先生も、そう言ってたし。
6. 一期一会
放課後、職員室に戻った。
「お疲れ様」
山田先生が声をかけてくれた。
「どうだった?」
「緊張しました。でも、生徒たち、元気で良かったです」
「三年二組は、いい子たちだよ。岩崎先生が厳しいから、しっかりしてる」
「岩崎先生...」
さっきの言葉を思い出す。
「期待はしていない。結果で示せ」
厳しい。
でも、何か理由があるのかな。
「岩崎先生、怖いですよね」
「厳しいけど、悪い人じゃないよ。生徒思いなの」
「そうなんですか」
「まあ、付き合っていけば分かるよ」
山田先生が笑った。
「瀬良先生」
振り返ると、岩崎先生がいた。
「明日から授業が始まる。準備はできているか」
「は、はい。一応...」
「一応では困る」
厳しい目。
「『一期一会』という言葉を知っているか」
「えっと、一生に一度の出会い、という意味ですよね」
「そうだ。生徒との出会いは、一度きりだ。その一度を、疎かにするな」
岩崎先生は、そう言って去っていった。
一期一会。
重い言葉だな。
でも、その通りだと思う。
生徒との出会いは、一度きり。
大切にしないと。
7. 兄と妹
帰り道、校門のところで蓮くんを見かけた。
「難波くん」
「あ、瀬良先生」
蓮くんが振り返った。
隣に、小さな女の子がいる。
「妹?」
「はい。咲良です」
「こんにちは、咲良ちゃん」
「...こんにちは」
咲良ちゃんは、小さな声で答えた。
蓮くんの後ろに隠れてる。
人見知りかな。
「迎えに来たの?」
「はい。母が仕事で遅いので」
「そっか。偉いね」
「別に。普通です」
蓮くんが笑った。
「先生、また明日」
「うん。また明日」
二人が歩いていく。
蓮くんが咲良ちゃんの手を引いて。
優しいお兄ちゃんなんだな。
でも、どこか寂しそうにも見えた。
気のせいかな。
8. 一人の夜
アパートに帰った。
学校の近くにある、ワンルーム。
社会人一年目。
一人暮らしも、まだ慣れない。
「ただいま」
誰もいない部屋に、声をかける。
返事はない。
当たり前だけど。
着替えて、コンビニで買ったお弁当を食べる。
シアトルの友達、エミリーにメッセージを送った。
『Today was my first day as a teacher. I was so nervous!』
すぐに返事が来た。
『Congrats!! How was it?』
『The students are nice. But there's a scary senior teacher...』
『Haha, there's always one. You'll be fine!』
エミリーの言葉に、少し元気が出た。
『Thanks. I'll do my best.』
『You always do. Miss you!』
『Miss you too.』
スマホを置いて、天井を見上げる。
一日目、終わり。
疲れた。
でも、楽しかった。
生徒たちの顔を思い出す。
難波蓮くん。
明るいけど、どこか影がある。
気になる生徒だな。
南雲くんは、結局会えなかった。
どんな子なんだろう。
岩崎先生は、怖い。
でも、山田先生は「生徒思い」って言ってた。
本当かな。
「明日も、頑張ろう」
自分に言い聞かせる。
一期一会。
生徒との出会いを、大切にしよう。
それが、私にできること。
目を閉じた。
明日は、初めての授業がある。
緊張する。
でも、楽しみでもある。
教師としての、最初の一歩。
踏み出そう。
次回「千里の道も一歩から」は2026年4月8日(水)公開予定です。