1. サラ先生の朝
「サラ先生!」
廊下を歩いていたら、生徒たちに呼ばれた。
「おはようございます、サラ先生!」
「おはよう...」
サラ先生。
すっかり定着してしまった。
「先生、今日も授業楽しみです!」
「ありがとう」
「先生の英語、カッコいいですよね」
「そ、そう?」
褒められると照れる。
でも、嬉しい。
教室に向かう途中、また声をかけられた。
「サラ先生、シアトルってどんなところですか?」
「え、えっと...」
「アメリカって銃とかあるんですか!?」
「スタバの本社があるんですよね!」
「ハンバーガーでかいんですか!?」
質問攻め。
ちょっと待って、授業に遅れる。
「その話は、また今度ね!」
なんとか逃げ出した。
2. 英語すぎる発音
三年二組の授業。
今日は、教科書の本文を読む。
「では、私が読むから、後についてきてね」
教科書を開いた。
「The boy went to the park and played with his friends.」
ネイティブっぽく読んだ。
シアトルで鍛えた発音。
「...」
生徒たちが、ぽかんとしてる。
「え、何?」
「先生、何言ったんですか」
「え」
「英語すぎて分からない」
あ。
やってしまった。
「ご、ごめん。もう一回、ゆっくり読むね」
今度は、ゆっくり、はっきり読んだ。
「The・boy・went・to・the・park...」
「あ、分かった!」
「今度は分かる!」
生徒たちがホッとした顔をしてる。
私も、反省。
ネイティブ発音で読んでも、伝わらなきゃ意味がない。
「先生、アメリカ帰りだから発音良すぎるんですよ」
「そうそう、カッコいいけど分からない」
「日本語英語でお願いします!」
生徒たちが笑ってる。
私も、笑った。
「分かった。気をつけるね」
郷に入っては郷に従え。
日本の生徒に教えるなら、日本式で。
それも、大事なことだ。
3. シアトルの話
授業の後半、質問タイムを作った。
「何か質問ある人?」
たくさんの手が上がった。
「先生、シアトルの学校ってどんな感じですか?」
やっぱり、シアトルの話が気になるみたい。
「うーん、日本より自由だったかな」
「自由?」
「授業中に発言するのが普通だったし、先生と生徒の距離も近くて」
「へえー」
「宿題も、自分でテーマを決めて調べる課題が多かった」
「日本と全然違いますね」
「そうだね。でも、日本の良いところもあるよ」
「例えば?」
「みんなで協力する文化とか。給食を一緒に食べるとか」
「そっかー」
蓮くんが手を挙げた。
「先生は、日本とアメリカ、どっちが好きですか」
難しい質問だな。
「どっちも好きだよ。違うところがあるけど、それぞれ良いところがある」
「...」
「大事なのは、自分がどう生きたいか。場所じゃなくて、自分の選択だと思う」
蓮くんが、じっと私を見てた。
何か考えてる顔。
「先生、カッコいいですね」
「え?」
「自分で考えて、自分で決めて。そういうの、カッコいいと思います」
「...ありがとう」
蓮くんが少し笑った。
何か、この子には響くものがあるのかな。
気になる。
4. 届かない棚
昼休み。
職員室で、資料を整理してた。
「あれ、教材のファイルがない...」
棚を探す。
上の方に、それらしいファイルが見えた。
手を伸ばす。
届かない。
もう少し。
つま先立ち。
まだ届かない。
「くっ...」
私、身長が低いんだよね。
155センチ。
生徒より小さいことも多い。
「何してんの?」
声がした。
振り返ると、体育担当の新井先生。
二十代後半の男性。若手の先生だ。
「あの、上のファイルが...」
「ああ、これ?」
新井先生が、ひょいと取ってくれた。
「ありがとうございます...」
「瀬良先生、小さいね」
「うう...」
「俺より二十センチは低いんじゃない?」
「分かってますよ...」
新井先生が笑った。
「でも、生徒には人気あるみたいじゃん。サラ先生って」
「聞こえてるんですか」
「職員室まで聞こえてくるよ」
「恥ずかしい...」
「いいじゃん。親しまれてる証拠だよ」
新井先生が去っていった。
身長ネタ、これからも続くんだろうな。
慣れるしかないか。
5. 南雲くんの噂
昼休み、蓮くんが職員室に来た。
「先生、ちょっといいですか」
「どうしたの?」
「英語の勉強法、教えてほしいんです」
意外だった。
蓮くんの成績は悪くないはず。
「勉強法?」
「はい。もっと上を目指したくて」
「そっか。偉いね」
蓮くんと話してると、南雲くんの話になった。
「そういえば、南雲くんって、今日も授業に来てなかったよね」
「ああ、南雲ですか」
「どういう生徒なの?」
「頭はいいですよ。たぶん、学年で一番」
「え、そうなの?」
「でも、授業に興味ないみたいで。いつも昼寝してます」
「どこで?」
「今日は図書館らしいです」
図書館で昼寝。
不思議な生徒だな。
「クラスメイトは、気にしないの?」
「南雲は南雲ですから。みんな、そういう奴だって分かってます」
「へえ...」
「悪い奴じゃないですよ。ただ、マイペースなだけで」
蓮くんが少し笑った。
「先生、南雲に会いたいなら、昼休みに図書館行けばいますよ」
「そうなんだ」
「声かけても、たぶん寝てますけど」
「...」
南雲くん、気になる。
今度、会いに行ってみようかな。
6. 図書館の昼寝
放課後、図書館を覗いてみた。
静かな空間。
本棚の間を歩く。
奥のソファに、一人の生徒がいた。
目を閉じて、横になってる。
南雲くんだ。
「あの...」
声をかけようとしたけど、気持ちよさそうに寝てる。
起こすのは、かわいそうかな。
しばらく見てると、南雲くんが薄目を開けた。
「...誰」
「あ、英語の瀬良です。新任の」
「ふーん」
興味なさそう。
そのまま、また目を閉じた。
「あの、授業に出てほしいんだけど...」
「なんで」
「え」
「なんで出なきゃいけないの」
「だって、勉強しないと...」
「勉強なら、自分でしてる」
南雲くんが、ポケットからスマホを出した。
「今日も、セキュリティの勉強してた」
「セキュリティ?」
「暗号とか、ハッキングとか」
「え、そういうの分かるの?」
「まあ」
すごいな。
中学生で、そんなこと勉強してるんだ。
「でも、学校の勉強も大事だよ」
「なんで?」
「将来、困るかもしれないし...」
「困らない」
「え」
「俺は、俺の道を行く。学校の勉強は、俺には必要ない」
南雲くんが、そう言い切った。
自信満々。 でも、傲慢な感じはしない。 本当に、そう思ってるんだ。
「...高校は、どうするの?」 「さあ。必要ないと思ったら、行かないかも」
さらっと言った。 冗談なのか本気なのか、分からない。
「...そっか」
「先生、俺のこと、放っておいていいよ」
「でも...」
「大丈夫。俺は大丈夫だから」
南雲くんが、また目を閉じた。
会話終了、ってことかな。
仕方ない。
今日は、引き下がろう。
7. 郷に入っては郷に従え
職員室に戻ると、岩崎先生がいた。
「南雲に会ったか」
「え、分かるんですか」
「図書館に行ったんだろう」
「はい...」
「どうだった」
「授業に出てほしいって言ったんですけど...断られました」
「そうか」
岩崎先生が、窓の外を見た。
「南雲は、放っておけ」
「でも...」
「あいつは、自分の道を知っている。お前が口を出す必要はない」
「...」
「『郷に入っては郷に従え』という言葉がある」
「はい」
「だが、南雲は違う。あいつは、郷に入らない」
「え」
「自分の郷を作る人間だ。お前には、分からんかもしれんが」
岩崎先生が振り返った。
「お前は、お前の仕事をしろ。南雲のことは、気にするな」
「...はい」
よく分からなかった。
でも、岩崎先生は南雲くんのことを理解してるみたい。
私には、まだ分からない。
でも、いつか分かる日が来るのかな。
8. When in Rome
帰り道、スマホを見た。
エミリーからメッセージが来てた。
『How's it going? Getting used to Japan?』
返事を書いた。
『Slowly. The students call me "Sara sensei" now.』
『That's cute! Like your old nickname.』
『Yeah. I'm trying to fit in. "When in Rome, do as the Romans do."』
『Haha, that's a good one. But don't lose yourself!』
『I won't. Just adapting.』
郷に入っては郷に従え。
日本で教師をするなら、日本のやり方に慣れないと。
でも、自分を失っちゃダメ。
シアトルで学んだことも、大事にしないと。
バランスが難しいな。
9. 馴染んでいこう
アパートに帰った。
今日も、コンビニ弁当。
大家さんの煮物は、昨日で終わっちゃった。
「明日は、自炊しようかな...」
でも、疲れてると作る気力がない。
社会人一年目、こんなもんなのかな。
窓の外を見ると、夕焼けが綺麗だった。
今日も、一日が終わる。
蓮くんのこと。
南雲くんのこと。
岩崎先生のこと。
色々あったな。
「明日も、頑張ろう」
自分に言い聞かせる。
教師になって、まだ一週間も経ってない。
分からないことばかり。
不安なことばかり。
でも、少しずつ。
少しずつ、慣れていけばいい。
郷に入っては郷に従え。
この学校の、この生徒たちの「郷」に。
私も、馴染んでいこう。
目を閉じた。
明日は、どんな一日になるかな。
次回「習うより慣れろ」は2026年4月22日(水)公開予定です。