1. 授業参観の朝
四月の終わり。
初めての授業参観日。
朝から、ソワソワしてる。
保護者が見てる前で、授業をする。
考えただけで、緊張する。
「大丈夫かな...」
職員室で、準備をしていた。
「瀬良先生、緊張してる?」
山田先生が声をかけてきた。
「はい...すごく」
「大丈夫だよ。いつも通りやればいい」
「でも、保護者の方が見てると...」
「保護者も、先生を見に来てるわけじゃないから」
「え?」
「自分の子どもを見に来てるの。先生は、おまけ」
山田先生が笑った。
「だから、普段通りで大丈夫」
「...そうですか」
「そうそう。肩の力、抜いて」
少しだけ、楽になった。
2. 保護者の視線
授業参観が始まった。
三年二組の教室。
後ろに、保護者が並んでいる。
「こんにちは。英語担当の瀬良です」
頭を下げる。
保護者の方々が、こっちを見てる。
若い先生だな、って顔してる。
「今日は、不定詞の復習をします」
授業を始めた。
ゆっくり話す。
生徒の顔を見る。
黒板に書く。
いつも通り。
山田先生の言う通り、いつも通りにやればいい。
「不定詞は、to+動詞の原形で作ります」
生徒たちが、ノートを取ってる。
保護者が、それを見てる。
「例えば、『英語を勉強するために』は、to study Englishになります」
蓮くんが手を挙げた。
「先生、『本を読むために図書館に行った』は?」
「良い質問だね。I went to the library to read books.」
「なるほど」
蓮くんが頷いた。
後ろで、誰かが微笑んでるのが見えた。
蓮くんのお母さんかな。
3. PTA会長
授業が終わった。
保護者が、教室から出ていく。
ホッとした。
なんとか、乗り切った。
「瀬良先生」
声がした。
振り返ると、四十代くらいの女性が立っていた。
品のある感じ。
「PTA会長の村上と申します」
「あ、初めまして。瀬良です」
「お若いですね」
「あ、はい...二十三歳です」
「まあ、私の娘と同じくらい」
村上さんが微笑んだ。
「先生、授業分かりやすかったですよ」
「ありがとうございます」
「発音も綺麗でしたし」
「あ、シアトルに住んでたことがあって」
「そうなんですか。素敵ですね」
村上さんは優しそうだ。
少し安心した。
「先生、何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「保護者も、先生を応援していますから」
「...はい」
村上さんが去っていった。
PTA会長さん、怖い人だったらどうしようって思ってたけど。
優しい人で、良かった。
4. 大村校長
廊下を歩いていたら、校長先生とすれ違った。
大村校長。
六十代の男性。
いつもニコニコしてる。
「おお、瀬良先生。授業参観、どうだった?」
「あ、なんとか無事に終わりました」
「そうか、そうか。良かった良かった」
校長先生が、私をジロジロ見た。
「瀬良先生、今日はスーツじゃないんだね」
「あ、はい。動きやすい服装で...」
「うーん、スーツの方が似合うな。若い女性は、ピシッとしてる方がいい」
「は、はあ...」
「まあ、先生が決めることだけどね」
校長先生が笑った。
「授業参観、保護者の評判良かったよ。若くて熱心な先生だって」
「本当ですか」
「本当本当。これからも頑張りなさい」
「はい」
校長先生は、ちょっと古い感じの人だな。
でも、悪い人じゃなさそう。
5. 初めての面談
放課後、保護者との面談があった。
希望者だけだけど、何人か来るらしい。
緊張する。
最初は、佐々木さん。
女子生徒、佐々木さんのお母さん。
「初めまして。佐々木の母です」
「瀬良です。よろしくお願いします」
「うちの子、英語が苦手で...」
「そうなんですか」
「先生、何かアドバイスありますか」
アドバイス。
考える。
「佐々木さん、授業中は頑張ってますよ」
「そうですか?」
「はい。発音の練習も、積極的に声を出してます」
「...」
「苦手でも、続けることが大事だと思います」
「そうですね」
「毎日少しずつ、単語を覚えるとか。小さなことから始めてみては」
佐々木さんのお母さんが、少し安心した顔をした。
「ありがとうございます。家でも、声をかけてみます」
「はい。何かあったら、いつでも相談してください」
面談が終わった。
上手く話せたかな。
分からない。
6. 蓮くんのお母さん
次は、難波さん。
蓮くんのお母さんだ。
「初めまして。難波の母です」
「瀬良です。よろしくお願いします」
蓮くんのお母さん。
三十代後半くらいかな。
疲れた顔をしてる。
「蓮くん、授業頑張ってますよ」
「そうですか」
「質問もしてくれるし、他の生徒を助けてくれることもあります」
「...」
お母さんの表情が、少し曇った。
「あの子、家では何も話さないんです」
「え」
「学校のことも、友達のことも。全然」
「そうなんですか」
「反抗期なのかな、って思うんですけど...」
お母さんが、少し俯いた。
「私、仕事が忙しくて。あまり家にいられなくて」
「...」
「妹の咲良の面倒も、蓮に任せっきりで」
「蓮くん、妹さんを迎えに行ってますよね」
「見ましたか」
「はい。優しいお兄ちゃんですね」
お母さんが、少し笑った。
でも、寂しそうな笑顔だった。
「蓮には、申し訳ないと思ってるんです。でも、仕事を減らすわけにもいかなくて」
「...」
「主人も働いてるんですけど、なかなか...」
言葉を濁したけど、察した。
蓮くんの家庭、経済的に大変なんだ。
7. 明るい顔の裏側
面談が終わった後、蓮くんのことを考えた。
明るい表情。
でも、どこか影がある。
初めて会った時から、気になってた。
家庭のことが、関係してるのかもしれない。
「蓮くん...」
両親とも忙しくて、妹の面倒を見てる。
家では何も話さない。
でも、学校では明るく振る舞ってる。
親の心子知らず、って言うけど。
子どもの心も、親には分からないことがあるんだ。
窓の外を見た。
校庭に、部活動の生徒たち。
教師として、私に何ができるだろう。
まだ、分からない。
8. 親の心子知らず
職員室に戻ると、岩崎先生がいた。
「難波の母親と話したか」
「え、はい」
「どうだった」
岩崎先生が、じっと私を見た。
「大変そうでした。お仕事が忙しいみたいで」
「そうか」
「蓮くんのこと、心配してました」
「...」
岩崎先生が、少し考えてから言った。
「『親の心子知らず』という言葉がある」
「はい」
「親の気持ちは、子どもには分からない。逆もまた然りだ」
「...」
「難波の母親は、息子のために働いている。でも、難波にはそれが伝わっていない」
「そうなんですか」
「お前は、その橋渡しをしろ」
「橋渡し...」
「教師は、親と子の間に立つこともある。覚えておけ」
岩崎先生は、そう言って去っていった。
親と子の間に立つ。
それも、教師の仕事なのか。
難しいな。
でも、大事なことだと思う。
9. コンビニでの再会
帰り道、コンビニで買い物をしてた。
「あ、先生」
声がして振り返ると、蓮くんがいた。
隣に、妹の咲良ちゃん。
「買い物?」
「はい。夕飯の材料を」
「偉いね」
「別に。普通です」
蓮くんが、カゴを持ってる。
野菜とか、お肉とか。
ちゃんと考えて買ってるんだ。
「蓮くん、料理するの?」
「簡単なやつだけ」
「すごいね」
「母さんが遅いから。咲良に何か食べさせないと」
咲良ちゃんが、蓮くんの手を握ってる。
蓮くんが、優しく握り返す。
「先生も、一人暮らし?」
「え、うん」
「大変ですよね。自炊」
「うん...私、あんまり得意じゃなくて」
「俺も最初はそうでした。でも、慣れますよ」
蓮くんが笑った。
「習うより慣れろ、ですよね」
「え」
「授業で言ってたじゃないですか。Practice makes perfect」
「...覚えてるんだ」
「先生の授業、分かりやすいですから」
蓮くんがレジに向かっていった。
「また明日、先生」
「うん。また明日」
蓮くんは、しっかりしてるな。
中学生なのに、家事も妹の面倒も。
でも、それは本人が望んでることなのかな。
お母さんのために、頑張ってるのかな。
分からない。
でも、見守っていきたいと思った。
10. タケノコの煮物
アパートに帰った。
今日は、大家さんにもらったタケノコで料理してみた。
ネットで調べて、煮物にした。
「...まあまあ、かな」
一人で食べる。
静かだな。
蓮くんは、妹と二人で食べてるのかな。
両親がいない食卓。
寂しくないのかな。
スマホを見た。
エミリーにメッセージを送った。
『Today was the first class observation. Parents came to watch.』
返事が来た。
『How was it?』
『Nervous. But I met a student's mother. The family is struggling financially.』
『That's tough.』
『Yeah. I don't know how to help.』
『Just be there for the student. That's all you can do.』
Just be there.
そこにいるだけでいい。
そうかもしれない。
すぐに何かできなくても、見守っているだけでも。
11. 四月の終わりに
夜、ベッドに横になった。
今日のことを振り返る。
授業参観。
PTA会長との挨拶。
保護者面談。
蓮くんのお母さん。
コンビニで会った蓮くん。
たった一日で、色々なことがあった。
親の心子知らず。
蓮くんのお母さんは、蓮くんのために頑張ってる。
でも、蓮くんには伝わってない。
蓮くんも、妹のために頑張ってる。
お母さんのことを、助けようとしてる。
お互いに、想い合ってるのに。
すれ違ってる。
教師として、私にできることは何だろう。
まだ分からない。
でも、考え続けようと思った。
目を閉じた。
四月が終わる。
教師になって、一ヶ月。
少しずつ、慣れてきた。
少しずつ、生徒のことが分かってきた。
五月は、どんな一ヶ月になるかな。
期待と不安。
でも、不安より期待の方が、少しだけ大きい。
明日も、頑張ろう。
生徒たちのために。
そして、自分のために。
次回「下手の横好き」は2026年5月3日(日)公開予定です。