1. 出発の朝
修学旅行当日。
朝五時半に起きた。
集合は七時。
遅刻するわけにはいかない。
「忘れ物、ない...よね」
しおり、カメラ、着替え、薬。
何度も確認した。
学校に着くと、もう生徒たちが集まってた。
テンション高い。
まだ朝なのに、元気だな。
「サラ先生!」
「おはよう」
「先生、楽しみですか?」
「うん。すごく楽しみ」
正直な気持ち。
日本の中学の修学旅行は、初めてだから。
岩崎先生が点呼を取ってる。
「全員揃ったな。バスに乗れ」
生徒たちがぞろぞろとバスに向かう。
私も、後について乗り込んだ。
2. バスの中
バスが動き出した。
窓の外を見る。
見慣れた街並みが、流れていく。
「先生、隣いいですか?」
声がして振り返ると、女子生徒たちがいた。
「いいよ」
「やった!」
女子たちが、私の周りに集まってきた。
「先生、シアトルの修学旅行ってどんな感じだったんですか?」
「えっと、修学旅行っていう形式はなかったかな」
「え、そうなんですか」
「フィールドトリップっていって、日帰りで博物館とか行くのはあったけど」
「へー」
「だから、泊まりの修学旅行は初めてに近いかも」
「えー!先生も初めてなんだ!」
生徒たちが笑ってる。
「じゃあ、私たちが先輩ですね」
「そうだね」
「任せてください!京都、案内しますから!」
生徒たちのテンションが、さらに上がった。
私も、なんだかワクワクしてきた。
3. 蓮くんの班
バスの後ろの方に、蓮くんがいた。
班長らしい。
「蓮くん、班長なんだね」
「はい。押し付けられました」
「大変?」
「まあ、なんとか」
蓮くんが苦笑した。
隣に座ってる南雲くんが、窓の外を見てる。
珍しく起きてる。
「南雲くん、起きてるね」
「まあ」
「バス酔いしない?」
「しない。寝てるわけじゃないし」
南雲くんが、スマホを見せてきた。
画面に、お寺の写真が映ってる。
「清水寺の舞台、釘を一本も使ってないんだよ」
「へえ」
「懸造りっていう技法。すごい精密な設計」
「南雲くん、詳しいね」
「暗号の歴史調べてたら、建築とか出てきて」
南雲くんが、少し得意そうに言った。
こういう一面、あるんだ。
「南雲、お前意外とオタクだよな」
「うるさい」
蓮くんと南雲くんが笑い合ってる。
仲良いんだな、この二人。
4. 清水寺
京都に着いた。
最初の見学地は、清水寺。
「わー、すごい!」
「高い!」
「怖い!」
生徒たちが、清水の舞台から下を覗き込んでる。
「先生、写真撮ってください!」
「いいよ」
スマホを預かって、パシャパシャ撮る。
みんな、いい笑顔。
南雲くんが、柱を触ってる。
「これが懸造りか...」
「南雲くん、本当に建築好きなんだね」
「好きっていうか、すごいと思うだけ」
「それを好きって言うんだよ」
南雲くんが、少し照れた顔をした。
蓮くんが、お守りを買ってた。
「学業成就?」
「咲良に」
「妹さんに?優しいね」
「別に」
蓮くんも照れてる。
修学旅行の費用、大丈夫だったのかな。
少し気になったけど、聞けなかった。
5. 昼食
昼食は、湯豆腐のお店。
「いただきます!」
みんなで一斉に食べ始める。
「うまい!」
「豆腐、甘い!」
「先生、アメリカに豆腐ありますか?」
「あるよ。でも、こんなに美味しくなかった」
「日本の勝ちですね!」
生徒たちが嬉しそう。
岩崎先生が、離れた席で食べてる。
相変わらず、厳しい顔。
でも、生徒たちが騒いでも、何も言わない。
見守ってるのかな。
「先生、デザートのわらび餅、食べます?」
「え、いいの?」
「俺、あんまり甘いの得意じゃなくて」
「じゃあ、もらうね」
蓮くんからわらび餅をもらった。
美味しい。
「先生、修学旅行、どうですか?」
「楽しいよ。すごく」
「良かった」
蓮くんが笑った。
6. 旅館
夕方、旅館に着いた。
和室。
畳の匂い。
なんだか落ち着く。
「先生、浴衣着ますか?」
「うん、着るつもり」
「着方、分かります?」
「えっと...」
実は、ちょっと自信ない。
女子生徒たちが集まってきた。
「先生、私たちが着せてあげます!」
「え、いいの?」
「任せてください!」
女子たちに浴衣を着せてもらった。
帯の結び方、難しい。
「先生、かわいい!」
「ありがとう」
「写真撮りましょう!」
パシャパシャ。
みんなで浴衣姿の写真を撮った。
7. 夕食
夕食は、大広間で。
全員が一つの部屋に集まって、ご飯を食べる。
これが、日本の修学旅行なんだ。
「いただきます!」
料理が並んでる。
お刺身、天ぷら、煮物、茶碗蒸し。
豪華だな。
「先生、これ何ですか?」
「えっと、八つ橋かな」
「甘い!美味しい!」
生徒たちが、料理を楽しんでる。
岩崎先生が、前に立った。
「静かにしろ」
シーン。
「今日一日、よく頑張った。明日も早いから、夜更かしするな」
「はーい」
「それから」
岩崎先生が、少し間を置いた。
「『同じ釜の飯を食う』という言葉がある」
生徒たちが顔を見合わせる。
「今、お前たちは同じ釜の飯を食っている。この仲間を、大事にしろ」
「...」
「中学時代の仲間は、一生ものだ。忘れるな」
岩崎先生が席に戻った。
生徒たちが、少し神妙な顔をしてる。 でも、すぐにまた賑やかになった。
同じ釜の飯を食う。
...あれ、これ英語で何て言うんだろう。
「eat from the same pot」...?いや、「share the same rice」...?
頭の中で、英語に変換しようとしてる自分がいる。 帰国子女の癖だな。 日本語のことわざを聞くと、つい英語に直そうとしてしまう。
「先生、どうしたんですか?」 「え」 「なんか、難しい顔してた」 「ああ、えっと...同じ釜の飯って、英語で何て言うのかなって」 「そんなこと考えてたんですか」 「帰国子女の悪い癖で、ことわざ聞くと英語に変換したくなるの」 「変わってますね、先生」
女子生徒に笑われた。 まあ、確かに変かも。
でも、この感覚は分かってもらえないだろうな。 頭の中に二つの言語があると、勝手に翻訳モードになるんだ。
私も、この子たちと同じ釜の飯を食べてる。 仲間、なのかな。
8. 夜の見回り
夜、女子部屋の見回りに行った。
「先生、入ってください!」
「お邪魔します」
女子部屋は、すでに盛り上がってた。
お菓子が広げられてる。
「先生、一緒に食べましょう!」
「いいの?」
「もちろん!」
女子たちの輪に入った。
なんだか、友達みたい。
「先生、彼氏いないんですか?」
「いないよ」
「えー、もったいない!」
「先生、かわいいのに!」
「そ、そうかな...」
恥ずかしい。
「先生、好きなタイプは?」
「えっと...優しい人、かな」
「ふつー」
「ふつーって言わないで」
みんなで笑った。
「先生、話しやすいです」
「そう?」
「うん。友達みたい」
「...ありがとう」
嬉しいな。
生徒に、そう思ってもらえるの。
9. 枕投げ
見回りを終えて、廊下を歩いてたら。
バサッ。
何かが飛んできた。
枕だ。
「あ」
男子部屋のドアが開いてる。
中から、枕が飛び交う音。
「こら、何やってるの!」
部屋に入ると、枕投げの真っ最中だった。
「あ、先生!」
「すみません!」
生徒たちが慌てて枕を隠す。
「枕投げ、禁止じゃなかった?」
「えっと...」
「ダメだよ」
叱ろうとした瞬間。
バサッ。
枕が、私の顔に当たった。
「あ」
「南雲!お前!」
南雲くんが、素知らぬ顔をしてる。
「手が滑った」
「嘘つけ!」
生徒たちが大笑い。
「先生、大丈夫ですか!?」
「...」
私は、枕を拾った。
「...やるね」
「え」
バサッ。
南雲くんに、枕を投げ返した。
「あ」
「お返し」
一瞬の沈黙。
そして、大爆笑。
「先生、やるじゃん!」
「サラ先生、最高!」
結局、私も枕投げに参加してしまった。
先生として、ダメだと思う。
でも、楽しかった。
10. 消灯後
枕投げを止めて、消灯させた。
廊下で、岩崎先生に会った。
「枕投げに参加していたな」
「す、すみません...」
「...」
怒られる。
そう思った。
「まあ、いい」
「え」
「生徒との距離が近いのは、お前の長所だ」
「...」
「だが、節度は守れ。教師と生徒の一線は、越えるな」
「はい」
岩崎先生が去っていった。
怒られなかった。
でも、釘は刺された。
節度。
一線。
分かってる。
分かってるけど、難しい。
11. 星空
旅館の縁側に出た。
星が綺麗だった。
「先生」
声がして振り返ると、蓮くんがいた。
「蓮くん、寝ないの?」
「ちょっと、眠れなくて」
「そっか」
二人で、星を見上げた。
「先生、今日楽しかったですか?」
「うん。すごく楽しかった」
「良かった」
「蓮くんは?」
「俺も、楽しかったです」
蓮くんが、少し笑った。
「修学旅行、来れてよかった」
「...」
「正直、お金のこと、心配だったんです」
「そうだったんだ」
「でも、親が頑張ってくれて。来れました」
蓮くんの横顔。
大人びてるけど、まだ子どもの顔。
「蓮くん」
「はい」
「楽しんでね。今を」
「...はい」
蓮くんが頷いた。
明日も、楽しい一日になるといいな。
12. 二日目の朝
修学旅行、二日目。
朝ごはんを食べて、バスに乗る。
今日は、奈良へ。
「先生、昨日の枕投げ、最高でした!」
「もう忘れて...」
「いや、忘れません!」
「先生、意外とお茶目ですね!」
生徒たちにからかわれる。
恥ずかしい。
でも、距離が縮まった気がする。
同じ釜の飯を食べて、同じ時間を過ごして。
少しずつ、仲間になってる。
窓の外を見た。
修学旅行、楽しいな。
日本の中学生、羨ましい。
この子たちと一緒に過ごせて、良かった。
バスが動き出した。
奈良へ向かう。
二日目も、いい一日になりそうだ。
次回「雨降って地固まる」は2026年5月13日(水)公開予定です。