1. 修学旅行明け
修学旅行から帰ってきた。
楽しかったな。
生徒たちとの距離が、ぐっと縮まった気がする。
「サラ先生、おはようございます!」
「おはよう」
廊下で会う生徒たちが、前より親しげに話しかけてくれる。
修学旅行の効果かな。
職員室に入ると、岩崎先生がいた。
「修学旅行、どうだった」
「楽しかったです」
「そうか」
「生徒たちと、仲良くなれた気がします」
「...」
岩崎先生が、少し間を置いて言った。
「気を抜くな。楽しいことばかりじゃない」
「はい...」
何か、含みのある言い方だった。
2. 木村くん
三時間目、三年二組の授業。
いつも通り、教室に入った。
でも、空気が違う。
「...」
生徒たちが、誰かをチラチラ見てる。
視線の先には、一人の男子生徒。
木村くんだ。
窓際の席で、俯いてる。
「じゃあ、授業を始めます」
いつも通り、授業を進めた。
でも、木村くんの様子が気になる。
「木村くん、ここ読んでくれる?」
指名した。
木村くんが、ゆっくり顔を上げた。
「...」
「木村くん?」
「知らねえよ」
「え」
「英語なんか、知らねえって言ってんだよ」
教室が、シーンとなった。
木村くんが、教科書を机に叩きつけた。
「こんなの、やって何になるんだよ」
そのまま、教室を出ていった。
3. 何があったの
授業が終わって、蓮くんに聞いた。
「木村くん、何かあったの?」
「...」
蓮くんが、少し言いにくそうにしてる。
「教えてくれない?」
「えっと、噂なんですけど」
「うん」
「木村の両親、離婚するらしいです」
「え...」
「修学旅行の前から、家がゴタゴタしてたみたいで」
そうだったんだ。
「木村くん、修学旅行では普通だったのに」
「無理してたんじゃないですかね。帰ってきて、また現実に戻って...」
蓮くんが俯いた。
「俺も、家のこと色々あるから。気持ち、分かります」
「蓮くん...」
「でも、俺には何も言えない。同じじゃないから」
蓮くんの表情が、少し暗い。
どうすればいいんだろう。
木村くんに、何ができるんだろう。
4. 岩崎先生に相談
職員室に戻って、岩崎先生に報告した。
「木村が授業を抜けたか」
「はい。両親の離婚のことで...」
「知っている」
「え」
「先週、母親から連絡があった」
岩崎先生が、窓の外を見た。
「木村の両親は、来月離婚届を出す予定だ」
「...」
「母親が家を出る。木村は父親と暮らすことになる」
「そうなんですか...」
胸が痛い。
「先生、私、何かできることは...」
「ない」
「え」
「お前にできることは、ない」
岩崎先生が振り返った。
「甘やかすな。同情するな」
「でも...」
「木村は、自分で乗り越えなければならない。お前が代わりに解決することはできない」
「...」
「見守れ。それだけだ」
見守る。
それだけ?
でも、何もしないのは...
「瀬良先生」
「はい」
「教師は万能じゃない。すべての生徒を救えるわけじゃない」
「...」
「だが、見守ることはできる。それを忘れるな」
岩崎先生は、そう言って去っていった。
5. 木村くんを探す
放課後、木村くんを探した。
教室にはいない。
屋上も、図書館も。
校庭の隅に、木村くんがいた。
一人で、ベンチに座ってる。
「木村くん」
声をかけた。
木村くんが、こっちを見た。
「...何」
「さっきは、大丈夫だった?」
「別に」
「...」
木村くんが、そっぽを向いた。
「先生、説教しに来たの」
「違うよ」
「じゃあ、何」
「ただ、話したくて」
木村くんが、少し驚いた顔をした。
「話?」
「うん。何でもいいから」
「...」
沈黙。
「先生、帰れよ」
「嫌だよ」
「なんで」
「木村くんと、話したいから」
木村くんが、私を見た。
怒りと、悲しみと、混乱が入り混じった目。
「...うざい」
木村くんが立ち上がって、去っていった。
追いかけなかった。
今は、これでいい。
そう思った。
6. 蓮くんの行動
次の日。
昼休み、教室を覗いたら、蓮くんと木村くんが話してた。
「...」
遠くから見てる。
聞こえないけど、蓮くんが何か言ってる。
木村くんが、俯いてる。
蓮くんが、木村くんの肩を叩いた。
木村くんが、少し顔を上げた。
何を話してるんだろう。
「瀬良先生」
後ろから声がして、振り返った。
岩崎先生だ。
「あの二人、放っておけ」
「え」
「難波は、自分で考えて動いている。お前が口を出すな」
「はい...」
岩崎先生が、教室の方を見た。
「難波も、色々抱えている。だからこそ、木村の気持ちが分かる」
「...」
「生徒同士で解決できることもある。教師が出しゃばるな」
岩崎先生が去っていった。
蓮くんと木村くんを見る。
まだ、話してる。
私にできることは、見守ること。
それだけ。
7. 雨の日
数日後。
雨が降ってた。
朝から、しとしと。
梅雨が近いのかな。
授業に行くと、木村くんがいた。
席に座ってる。
教科書も開いてる。
「じゃあ、授業を始めます」
いつも通り、授業を進めた。
「木村くん、ここ読んでくれる?」
また、指名してみた。
「...」
木村くんが、ゆっくり立ち上がった。
「The weather is rainy today.」
読んでくれた。
発音は、あまり良くない。
でも、ちゃんと読んでくれた。
「ありがとう。上手だったよ」
「...別に」
木村くんが座った。
少しだけ、表情が和らいだ気がした。
8. 蓮くんの言葉
放課後、蓮くんが職員室に来た。
「先生、ちょっといいですか」
「どうしたの?」
「木村のことで」
蓮くんが、少し言いにくそうにしてる。
「俺、木村と話したんです」
「見てたよ」
「え」
「遠くからだけど」
「そうですか...」
蓮くんが、少し照れた。
「俺も、家のこと色々あるから。分かるんです」
「うん」
「親がケンカしてると、どこにも居場所がない感じがするんです」
「...」
「だから、俺は木村に言いました。学校には、居場所があるって」
蓮くんが、私を見た。
「先生がいるから。クラスメイトがいるから。一人じゃないって」
「蓮くん...」
「先生、ありがとうございます」
「え、私?」
「先生が、木村に話しかけてくれたから。俺も、話しかけようって思えました」
蓮くんが頭を下げた。
「木村、まだ落ち込んでます。でも、少しずつ、元気になると思います」
「そうだといいね」
「はい」
蓮くんが去っていった。
私がやったことは、話しかけただけ。
追い返されたけど。
でも、それがきっかけになったのかな。
分からない。
でも、嬉しかった。
9. 岩崎先生の言葉
職員室で、岩崎先生と話した。
「木村、少し落ち着いたようだな」
「はい。蓮くんが、話を聞いてくれたみたいで」
「難波は、いい生徒だ」
「はい」
岩崎先生が、コーヒーを飲みながら言った。
「『雨降って地固まる』という言葉がある」 「はい」
...After rain, the ground hardens...?
また、頭の中で英語に変換しようとしてる。 帰国子女の悪い癖だ。
「聞いてるか、瀬良先生」 「あ、はい!すみません、つい英語に変換しようとしてました」 「何?」 「いえ、帰国子女の癖で...ことわざを聞くと、英語でどう言うかなって」 「変わってるな、お前は」 「よく言われます」
岩崎先生が、少しだけ口元を緩めた。 笑った...?いや、気のせいかな。
「困難の後に、地盤が固まる。木村も、この経験で強くなるだろう」
「...」
「難波も、だ」
「蓮くんも?」
「ああ。人の痛みが分かる人間は、強くなれる」
岩崎先生が、窓の外を見た。
「お前も、少しは分かっただろう」
「何がですか」
「教師の仕事は、答えを教えることじゃない。見守ることだ」
「...はい」
「生徒は、自分で答えを見つける。教師は、そのそばにいるだけでいい」
岩崎先生の言葉が、胸に染みた。
10. 木村くんの変化
次の週。
木村くんが、少しずつ変わってきた。
授業に、ちゃんと出るようになった。
暴言も、なくなった。
「木村くん、今日の宿題、出してくれた?」
「...はい」
ぶっきらぼうだけど、ちゃんと返事してくれる。
蓮くんと、一緒にいることが増えた。
昼休み、二人で話してるのをよく見る。
「木村、元気になってきましたね」
山田先生が言った。
「はい。蓮くんのおかげだと思います」
「瀬良先生のおかげもあるよ」
「私は、何もしてないです」
「そんなことないよ。見守ってたでしょ」
山田先生が笑った。
見守る。
それも、大事な仕事なんだ。
11. 帰り道
帰り道、空を見上げた。
雨は上がってた。
雲の切れ間から、夕日が差し込んでる。
雨降って地固まる。
木村くんの両親は、離婚する。
それは変わらない。
でも、木村くんは少しずつ、前を向き始めてる。
蓮くんが、支えてくれてる。
クラスメイトも、見守ってくれてる。
私にできたことは、少しだけ。
でも、それでいいんだと思う。
エミリーにメッセージを送った。
『A student was having family problems. I couldn't do much, but I watched over him.』
返事が来た。
『Sometimes that's all we can do.』
『Yeah. I learned that.』
『You're growing as a teacher.』
『I hope so.』
成長してるのかな。
分からない。
でも、少しずつ、何かが見えてきた気がする。
教師の仕事は、答えを教えることじゃない。
見守ること。
そばにいること。
それを、忘れないようにしよう。
12. 新しい日常
次の日。
学校に行くと、木村くんが廊下にいた。
「あ、先生」
「おはよう、木村くん」
「...おはようございます」
木村くんが、小さく頭を下げた。
「先生、この前は...すみませんでした」
「いいよ。気にしないで」
「...」
「木村くん、元気?」
「まあ、なんとか」
木村くんが、少し笑った。
初めて見る笑顔だった。
「先生、授業、ちゃんと出ます」
「うん。待ってるね」
「はい」
木村くんが、教室に向かっていった。
雨降って地固まる。
困難があっても、乗り越えられる。
この子たちは、強いんだ。
私も、負けないように頑張ろう。
五月の空が、青く澄んでいた。
次回「良薬は口に苦し」は2026年5月20日(水)公開予定です。