YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第9話「良薬は口に苦し」

1. 五月の終わり

五月が終わろうとしてる。

教師になって、二ヶ月。
少しずつ、慣れてきた。
授業も、生徒との関係も。

「瀬良先生、おはようございます!」
「おはよう」

毎朝、生徒たちが声をかけてくれる。
嬉しいな。

職員室に入ると、山田先生がいた。

「瀬良先生、最近いい感じだね」
「そうですか?」
「生徒に人気あるもん。サラ先生って」
「ありがとうございます」

山田先生が笑った。

でも、浮かれてちゃダメだ。
まだまだ、分からないことだらけ。

2. 授業の失敗

三時間目、一年二組の授業。

一年生は、中学英語の基礎から。
アルファベットの発音、簡単な文法。

「今日は、be動詞の使い方を勉強します」

いつも通り、授業を始めた。
でも、今日はなんだか調子が悪い。

「I am a student. これは、『私は生徒です』という意味で...」

説明が、まとまらない。
生徒たちの顔が、ぼんやりしてる。

「えっと、つまり、be動詞っていうのは...」

焦る。
早口になる。
悪循環。

「先生、よく分かりません」

生徒の一人が言った。

「あ、ごめん。もう一回説明するね」

説明し直したけど、うまくいかなかった。
授業が終わった時、ぐったりしてた。

3. 岩崎先生の指摘

職員室に戻ると、岩崎先生がいた。

「一年二組の授業、見ていた」
「え」

廊下から見てたのか。

「説明が分かりにくかった」
「...はい」
「何が原因だと思う」
「えっと、準備が足りなかったのかも...」
「違う」

岩崎先生が、じっと私を見た。

「お前は、生徒の反応を見ていなかった」
「...」
「自分の説明に夢中で、生徒がついてこれているか確認していなかった」
「...はい」

その通りだった。
自分の説明に必死で、生徒の顔を見る余裕がなかった。

「授業は、一方通行じゃない。生徒の反応を見て、調整しろ」
「はい...」
「最近、調子に乗っていないか」

ドキッとした。

「生徒に人気がある。それは悪いことじゃない。だが、それに甘えるな」
「...」
「人気と、教師としての実力は別だ。忘れるな」

岩崎先生は、そう言って去っていった。

4. 落ち込む

昼休み、一人で職員室にいた。

岩崎先生の言葉が、頭から離れない。

「調子に乗っていないか」

そうかもしれない。
生徒に「サラ先生」って呼ばれて、嬉しくて。
修学旅行で仲良くなって、浮かれて。

基本を忘れてた。
授業は、ちゃんと準備して、生徒の反応を見ながらやらないと。

「瀬良先生、大丈夫?」

山田先生が声をかけてきた。

「あ、はい...」
「岩崎先生に何か言われた?」
「...はい」
「あー、厳しかった?」
「はい...」

山田先生が、隣に座った。

「岩崎先生、厳しいけどさ。言ってることは正しいんだよね」
「分かってます」
「でも、落ち込むよね」
「はい...」

山田先生が、お茶を入れてくれた。

「大丈夫。岩崎先生は、期待してるからこそ厳しいんだよ」
「そうですかね...」
「そうだよ。どうでもいい人には、何も言わないもん」

そうなのかな。
よく分からない。

5. 大村校長

廊下を歩いてたら、大村校長に会った。

「おお、瀬良先生。元気ないね」
「あ、校長先生。いえ、大丈夫です」
「嘘だね。顔に書いてある」

校長先生が、ニコニコしながら言った。

「岩崎先生に叱られたか」
「え、なんで分かるんですか」
「新人は、みんな一度は岩崎先生に叱られるからね」
「そうなんですか」
「私も、若い頃叱られたよ。あの人の下で働いてたことがあってね」

校長先生が、昔を思い出すように言った。

「厳しいけど、いい先生だよ。生徒思いだし、後輩思いだし」
「...」
「瀬良先生のこと、よく見てるんだよ。だから、言うんだ」
「そうですか...」
「まあ、あの言い方はキツいけどね。昭和の人間だから」

校長先生が笑った。

「でも、瀬良先生は頑張ってるよ。私は知ってる」
「ありがとうございます」
「若い女性が頑張ってると、応援したくなるんだよね」
「は、はあ...」

また、ちょっとセクハラっぽい。
でも、悪気はないんだろうな。

「落ち込んでも、明日また頑張ればいい。それが教師だ」
「はい」
「期待してるよ、瀬良先生」

校長先生が去っていった。

少しだけ、元気が出た。

6. 蓮くんとの会話

放課後、蓮くんが職員室に来た。

「先生、英語の質問いいですか」
「うん、いいよ」

蓮くんと、英語の勉強をした。
不定詞と動名詞の使い分け。

「ここは、to不定詞を使うんだよ」
「なるほど」
「蓮くん、飲み込み早いね」
「先生の説明が分かりやすいから」

蓮くんの言葉に、少し救われた。

「先生、今日元気ないですね」
「え、分かる?」
「なんとなく」

蓮くんは、よく見てるな。

「ちょっと、失敗しちゃって」
「授業ですか」
「うん。一年生の授業で、説明がうまくいかなくて」
「そうなんですか」
「岩崎先生にも、叱られちゃった」

蓮くんが、少し考えてから言った。

「岩崎先生、厳しいですよね」
「うん」
「でも、ちゃんと見てくれてるんですよ」
「...」
「俺たちのことも、先生のことも」

蓮くんが笑った。

「先生、大丈夫ですよ。失敗しても、次頑張ればいいんです」
「...ありがとう」

生徒に励まされてる。
情けないな。
でも、嬉しかった。

7. もう一度、岩崎先生と

夕方、職員室で仕事をしてた。

岩崎先生が、近づいてきた。

「瀬良先生」
「は、はい」

また何か言われる。
身構えた。

「明日の一年二組の授業、見学してもいいか」
「え」
「昼間の授業の、やり直しだ」
「...はい」

岩崎先生が、少し間を置いて言った。

「『良薬は口に苦し』という言葉がある」
「はい」
「良い薬は、苦い。良い忠告は、耳に痛い」
「...」
「私の言葉は、苦かっただろう」
「...はい」
「だが、必要な言葉だ。お前のためにならないことは、言わない」

岩崎先生が、私を見た。
厳しい目。
でも、どこか温かい。

「期待しているからこそ、厳しく言う。分かるな」
「...はい」
「明日、見せてくれ。お前の授業を」
「はい」

岩崎先生が去っていった。

期待してる。
そう言ってくれた。

厳しいけど、見捨てないでいてくれてる。
それが、分かった。

8. 夜の準備

その夜、アパートで授業の準備をした。

教科書を開いて、ノートに書き出す。
be動詞の説明。
どうすれば、分かりやすく伝えられるか。

「生徒の反応を見る」

岩崎先生の言葉を思い出す。

説明して、生徒の顔を見る。
分かってなさそうなら、言い方を変える。
質問を投げかけて、理解度を確認する。

「よし」

準備は万端。
あとは、明日やるだけ。

窓の外を見た。
月が綺麗だった。

失敗しても、次頑張ればいい。
蓮くんの言葉を思い出す。

明日、頑張ろう。

9. リベンジ授業

次の日、一年二組の授業。

岩崎先生が、廊下から見てる。
緊張する。
でも、やるしかない。

「今日は、be動詞の復習をします」

ゆっくり話す。
生徒の顔を見る。

「be動詞には、am、is、areの三つがあります」

黒板に書きながら説明する。
生徒たちの顔を見る。
うんうん頷いてる。よし。

「I am、You are、He is。主語によって、使い分けます」

「質問ある人?」

手が挙がった。

「先生、Sheの時は?」
「いい質問だね。Sheの時も、isを使うよ」
「なるほど」

生徒の反応を見ながら、授業を進めた。
分からなさそうな顔をしてる子がいたら、もう一度説明する。

「じゃあ、みんなで練習しよう。I am a student. 声に出して」

生徒たちが、一斉に読んでくれた。
いい感じ。

授業が終わった時、手応えがあった。

10. 岩崎先生の評価

授業が終わって、廊下に出た。

岩崎先生が立っていた。

「どうでしたか」
「...」

岩崎先生が、少し間を置いて言った。

「まあまあだ」
「...」
「生徒の反応を見ていた。昨日より、ずっと良かった」
「ありがとうございます」
「だが、まだ改善の余地はある」
「はい」
「引き続き、精進しろ」

岩崎先生が去ろうとした。
でも、振り返って言った。

「一日で修正できたのは、褒めてやる」
「...ありがとうございます」

岩崎先生が行ってしまった。

褒められた。
岩崎先生に、褒められた。

嬉しい。
すごく嬉しい。

良薬は口に苦し。
厳しい言葉は、辛かった。
でも、そのおかげで成長できた。

岩崎先生の言葉は、苦いけど、効く薬なんだ。

11. 山田先生との会話

職員室に戻ると、山田先生がいた。

「瀬良先生、授業どうだった?」
「岩崎先生に、『まあまあ』って言われました」
「え、すごい!」
「え、すごいんですか?」
「岩崎先生の『まあまあ』は、かなりの褒め言葉だよ」
「そうなんですか」
「普通は『話にならん』とか言われるからね」

山田先生が笑った。

「瀬良先生、成長してるね」
「そうですかね...」
「そうだよ。岩崎先生も、認めてるんだよ」
「...」
「自信持って。大丈夫だから」

山田先生の言葉が、温かかった。

12. エミリーへ

夜、エミリーにメッセージを送った。

『My mentor teacher scolded me yesterday.』

返事が来た。

『What happened?』

『I got careless in my teaching. He pointed out my mistakes.』

『That's tough. How do you feel?』

『At first, I was hurt. But I realized he was right.』

『Did you fix it?』

『I tried. He said "not bad" today.』

『That's great! You're learning.』

『Yeah. "Good medicine tastes bitter." That's what he told me.』

『I like that. Japanese proverbs are wise.』

スマホを置いて、天井を見上げた。

五月が終わる。
教師になって、二ヶ月。

失敗もした。
叱られもした。
でも、少しずつ、成長してる。

良薬は口に苦し。
岩崎先生の言葉は、苦い。
でも、効く。

これからも、たくさん失敗するだろう。 たくさん叱られるだろう。 でも、その度に成長していこう。

六月は、どんな一ヶ月になるかな。

冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出した。

グラスに注いで、一口飲む。 冷たくて、おいしい。

岩崎先生の「良薬」も、いつかは「おいしい」と思える日が来るのかな。

そんなことを考えながら、麦茶を飲み干した。

さあ、明日も頑張ろう。


次回「雨だれ石を穿つ」は2026年5月27日(水)公開予定です。