YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第11話「口は禍の元」

1. 異変

六月中旬。

三年二組の教室に入った時、空気が違った。

「...」

生徒たちが、ひそひそ話してる。
チラチラと、誰かを見てる。

視線の先は、佐藤さん。
一人で、俯いてる。

「じゃあ、授業を始めます」

いつも通り、授業を進めた。
でも、気になる。
何かが、おかしい。

2. スマホの画面

休み時間、廊下を歩いてたら、生徒たちがスマホを見てた。

「見た?」
「やばいよね」
「誰が書いたんだろ」

何を見てるんだろう。
気になったけど、聞けなかった。

蓮くんが近づいてきた。

「先生、ちょっといいですか」
「どうしたの?」
「佐藤のことで...」

蓮くんが、スマホを見せてきた。

SNSの画面。
匿名の投稿が並んでる。

「3年2組の佐藤、マジでウザい」
「調子乗ってるよね」
「ブスのくせに」

「...」

心臓が、ドクンと鳴った。

「これ、いつから?」
「昨日くらいから、急に広まったみたいです」
「佐藤さんは、知ってる?」
「たぶん、知ってると思います」

だから、元気がなかったのか。

3. 佐藤さんの様子

昼休み、佐藤さんを探した。

教室にはいなかった。
廊下も、図書館も。

屋上に続く階段のところに、いた。
一人で、座り込んでる。

「佐藤さん」

声をかけた。
佐藤さんが、顔を上げた。

目が、赤い。
泣いてたんだ。

「先生...」
「大丈夫?」
「...」

佐藤さんが、また俯いた。

「見ましたか。あの投稿」
「うん。蓮くんに教えてもらった」
「みんな、私のこと嫌いなんです」
「そんなことない」
「でも、あんなこと書かれて...」

佐藤さんの肩が、震えてる。

「誰が書いたか、分かる?」
「分かりません。匿名だから...」
「心当たりは?」
「...」

佐藤さんが、首を振った。

どうすればいいんだろう。
何を言えばいいんだろう。

「佐藤さん、一人で抱え込まないで」
「...」
「先生に、話してくれる?」

佐藤さんが、少しだけ頷いた。

4. 岩崎先生に報告

職員室に戻って、岩崎先生に報告した。

「SNSでの誹謗中傷か」
「はい。匿名の投稿で、佐藤さんの悪口が...」
「見せろ」

蓮くんから送ってもらったスクリーンショットを見せた。

岩崎先生の表情が、険しくなった。

「これは、いじめだ」
「はい」
「すぐに対応する。学年主任と校長にも報告しろ」
「はい」

岩崎先生が立ち上がった。

「佐藤の様子は」
「元気がないです。泣いてました」
「そうか。お前は、佐藤のそばにいろ」
「はい」
「話を聞いてやれ。それだけでいい」

岩崎先生が去っていった。

話を聞く。
それが、今の私にできること。

5. 緊急会議

放課後、緊急の学年会議が開かれた。

岩崎先生、学年主任の佐々木先生、校長先生、そして私。

「SNSでのいじめは、深刻な問題だ」

佐々木先生が言った。

「まず、投稿の削除を依頼する。同時に、加害者の特定を進める」
「加害者、特定できますか」
「難しいが、やるしかない」

大村校長が言った。

「被害者のケアが最優先だ。佐藤さんの心のケアを」
「はい」
「瀬良先生、佐藤さんと話してくれたんだね」
「はい。でも、まだあまり話してくれなくて...」
「続けてくれ。信頼関係が大事だ」

校長先生の顔が、真剣だった。
いつもの軽い感じじゃない。
こういう時は、頼りになる人なんだ。

岩崎先生が言った。

「『口は禍の元』という言葉がある」
「...」
「言葉は、人を傷つける。SNSは、その傷を何倍にも広げる」
「はい」
「加害者にも、それを分からせる必要がある」

会議は、一時間以上続いた。

6. 佐藤さんの話

次の日、佐藤さんと話した。

空き教室で、二人きり。

「佐藤さん、何があったか、話してくれる?」
「...」

佐藤さんが、ゆっくり話し始めた。

「最初は、小さなことだったんです」
「うん」
「クラスの女子と、ちょっとしたことで言い合いになって」
「いつ頃?」
「修学旅行の前くらいです」
「そうだったんだ」
「その子と、気まずくなって。でも、まさかSNSに書かれるとは思わなくて...」

佐藤さんの目から、涙がこぼれた。

「私、何か悪いことしたんですか」
「悪いことなんかしてないよ」
「でも、あんなこと書かれて...」
「それは、書いた人が悪いの。佐藤さんは悪くない」

佐藤さんが、泣いてる。

何もできない。
ただ、そばにいることしか。

7. クラスの空気

三年二組の空気が、重くなった。

生徒たちが、お互いを疑ってる。
「誰が書いたんだろう」
「あいつじゃない?」
「違うって」

蓮くんが言った。

「先生、クラスがギスギスしてます」
「うん、分かってる」
「佐藤は、学校に来るのが辛そうです」
「そうだね...」

蓮くんが、少し考えてから言った。

「俺、佐藤に話しかけてみます」
「蓮くん...」
「一人じゃないって、伝えたいから」

蓮くんは、本当に優しいな。

「ありがとう。でも、無理しないでね」
「はい」

8. 加害者の特定

数日後、加害者が特定された。

同じクラスの女子生徒、高橋さん。
佐藤さんと言い合いになった相手だった。

岩崎先生が、高橋さんを呼び出した。
私も、副担任として同席した。

「高橋、お前が書いたのか」
「...」
「答えろ」
「...はい」

高橋さんが、俯いた。

「なぜ、こんなことをした」
「佐藤が、ムカついたから...」
「ムカついたから、SNSで悪口を書いたのか」
「...はい」

岩崎先生の声が、低くなった。

「言葉は、人を殺すこともある。分かっているか」
「...」
「お前の言葉で、佐藤がどれだけ傷ついたか」
「...」

高橋さんが、泣き始めた。

「ごめんなさい...」
「謝るのは、私にじゃない。佐藤にだ」

9. 無力感

職員室に戻って、一人で考えた。

高橋さんは反省してる。
でも、佐藤さんの傷は消えない。

SNSの投稿は削除された。
でも、一度広まった噂は、完全には消えない。

「私、何もできなかった」

呟いた。

佐藤さんが傷つく前に、気づけなかった。
止められなかった。

「瀬良先生」

岩崎先生の声がした。

「落ち込んでいるな」
「はい...」
「気持ちは分かる。だが、落ち込んでいる暇はない」
「...」
「佐藤のケアは、これからだ。お前の仕事は、まだ終わってない」

岩崎先生が言った。

「教師は、全てを防ぐことはできない。だが、起きた後にできることはある」
「はい」
「佐藤のそばにいろ。話を聞け。それが、今のお前にできることだ」

岩崎先生の言葉が、胸に染みた。

10. 夜、眠れない

その夜、眠れなかった。

ベッドに横になっても、目が冴えてる。
佐藤さんの泣き顔が、頭から離れない。

「私に、何ができるんだろう」

天井を見上げる。

教師になって、三ヶ月。
こんなに重い問題に直面するとは思わなかった。

エミリーにメッセージを送った。

『A student is being bullied online. I feel so helpless.』

返事が来た。

『That's terrible. Are you okay?』

『I don't know. I couldn't prevent it.』

『You can't prevent everything. But you can be there for her now.』

『I know. But it's hard.』

『I believe in you. You're a good teacher.』

エミリーの言葉に、少しだけ救われた。

でも、不安は消えない。

佐藤さんは、大丈夫だろうか。
明日、学校に来てくれるだろうか。

11. 教師という仕事

夜が明けた。

結局、あまり眠れなかった。

窓の外を見ると、今日も雨。
梅雨は、まだ続いてる。

「行かなきゃ」

重い体を起こして、学校に向かった。

口は禍の元。
言葉は、人を傷つける。
SNSは、その傷を広げる。

でも、言葉は人を救うこともある。
私の言葉で、佐藤さんを少しでも救えるだろうか。

分からない。
でも、やるしかない。

教師という仕事は、思った以上に重い。
でも、逃げるわけにはいかない。

学校の門をくぐった。
今日も、一日が始まる。

12. 佐藤さんの欠席

学校に着いて、三年二組の教室を覗いた。

佐藤さんの席が、空いてた。

「佐藤さんは?」
「今日、休みです」

蓮くんが答えた。

「そう...」

やっぱり、来れなかったんだ。

「先生、大丈夫ですか」
「うん。ありがとう」

蓮くんが、心配そうに私を見てる。

大丈夫じゃない。
全然、大丈夫じゃない。
でも、生徒の前で弱いところは見せられない。

「蓮くん、クラスのみんなをお願いね」
「はい」

蓮くんが頷いた。

佐藤さんのことが、心配でたまらない。
でも、今は待つしかない。

雨が、窓を叩いてる。
まだ、梅雨は終わらない。


次回「傷口に塩」は2026年6月10日(水)公開予定です。