1. 不登校
佐藤さんが、学校に来なくなった。
一日、二日、三日。
欠席が続いてる。
「佐藤さん、今日も休みか...」
三年二組の教室で、空席を見つめた。
蓮くんが近づいてきた。
「先生、佐藤に連絡しましたか」
「うん。でも、返事がなくて」
「そうですか...」
蓮くんも、心配そうな顔をしてる。
岩崎先生が、家庭訪問をした。
佐藤さんのお母さんと話したらしい。
「佐藤は、部屋から出てこないそうだ」
「そんな...」
「母親も、どうしていいか分からないと」
深刻だ。
思った以上に、深刻だ。
2. 保護者からの電話
職員室に、電話がかかってきた。
佐藤さんのお母さんからだった。
「先生、うちの子が何をしたっていうんですか」
声が、震えてる。
怒りと、悲しみが混じってる。
「佐藤さんは、何も悪いことをしていません」
「でも、あんな酷いことを書かれて」
「それは、書いた側が悪いんです」
「なぜ、学校は防げなかったんですか」
返す言葉がない。
「申し訳ありません...」
「謝って済む問題じゃないでしょう」
「...」
お母さんの気持ちは、分かる。
自分の子どもが傷つけられたら、誰だって怒る。
「私たちも、全力で対応しています」
「でも、美月は学校に行けなくなった」
「...」
「先生、美月を助けてください」
電話の向こうで、お母さんが泣いてる。
「必ず、支えます」
そう言うしかなかった。
3. クラスの分断
三年二組は、分断されてた。
佐藤さん派と、高橋さん派。
どちらにもつかない中立派。
ひそひそ話。
にらみ合い。
重苦しい空気。
「最悪だよね、高橋」
「でも、佐藤も悪かったんじゃない?」
「は?何言ってんの」
生徒たちが、言い合ってる。
「やめて」
私が言った。
「誰が悪いとか、そういう話をしても意味がない」
「でも先生...」
「今は、佐藤さんが傷ついてる。それが事実。みんなで、どうするか考えて」
生徒たちが、黙った。
「佐藤さんが戻ってこれるように。みんなで、考えてほしい」
私にできるのは、これくらいだった。
4. 高橋さんとの面談
高橋さんと、また話した。
「高橋さん、佐藤さんに謝った?」
「...まだです」
「なぜ?」
「...怖くて」
高橋さんが、俯いてる。
「何が怖いの?」
「佐藤に会うのが。許してもらえないかもって思うと...」
「...」
「私、最低なことしました。分かってます。でも...」
高橋さんの目から、涙がこぼれた。
「どうすればいいか、分からないんです」
高橋さんも、苦しんでる。
加害者だけど、苦しんでる。
「高橋さん」
「はい」
「逃げちゃダメだよ。ちゃんと向き合わないと」
「...」
「佐藤さんに、直接謝って。それが、最初の一歩」
高橋さんが、小さく頷いた。
5. 岩崎先生の怒り
職員室で、岩崎先生が珍しく声を荒げた。
「なぜ、もっと早く気づけなかった」
自分に対して、言ってるようだった。
「岩崎先生...」
「佐藤は、修学旅行の前から様子がおかしかった。見逃していた」
「...」
「担任として、情けない」
岩崎先生が、拳を握りしめてる。
「先生、一人で背負わないでください」
「...」
「私も、気づけませんでした。みんな、同じです」
岩崎先生が、私を見た。
「瀬良先生」
「はい」
「『傷口に塩』という言葉がある」
「はい」
「傷ついているところに、さらに追い打ちをかける。佐藤は、まさにそういう状態だ」
「...」
「これ以上、傷を広げてはならない。お前も、気をつけろ」
「はい」
岩崎先生が、窓の外を見た。
「雨が続くな。この梅雨は、長い」
6. スクールカウンセラー
スクールカウンセラーの田中先生と話した。
週に二回、学校に来てくれる先生。
心理学の専門家だ。
「佐藤さんのケース、深刻ですね」
「はい」
「不登校が長引くと、戻るのが難しくなります」
「どうすればいいですか」
「まず、本人との信頼関係を築くこと。焦らず、ゆっくり」
「...」
「瀬良先生、佐藤さんと話してくれていましたよね」
「はい。でも、最近は連絡も取れなくて」
「それでも、続けてください。返事がなくても、メッセージを送り続けて」
「返事がなくても?」
「はい。『見捨てていない』というメッセージになります」
田中先生の言葉に、少し光が見えた気がした。
7. 佐藤さんへのメッセージ
その夜、佐藤さんにメッセージを送った。
『佐藤さん、元気ですか。先生です。』
返事はない。
分かってる。
『無理に学校に来なくていいよ。ゆっくり休んで。』
返事はない。
『でも、先生は待ってるからね。いつでも、話を聞くから。』
送信した。
返事は、来ないかもしれない。
でも、送り続ける。
見捨てていない。
それを、伝えたいから。
8. 蓮くんの行動
次の日、蓮くんが言った。
「先生、俺、佐藤の家に行ってきます」
「え」
「プリントを届けるって名目で」
「でも、会えるか分からないよ」
「会えなくてもいいです。届けるだけでも」
蓮くんの目が、真剣だった。
「俺、佐藤と話したいんです。一人じゃないって、伝えたい」
「蓮くん...」
「ダメですか」
「...ダメじゃないよ。ありがとう」
蓮くんが、プリントを持って学校を出ていった。
この子は、本当に優しいな。
私より、よっぽど行動力がある。
9. 蓮くんの報告
夕方、蓮くんから連絡が来た。
「先生、佐藤に会えました」
「本当に?」
「はい。少しだけ、話せました」
蓮くんの声が、少し明るい。
「どんな様子だった?」
「元気ではなかったです。でも、話は聞いてくれました」
「何を話したの?」
「クラスのこととか、先生のこととか。みんな心配してるって」
「そう...」
「あと、俺も色々あるから、気持ち分かるって言いました」
「蓮くん...」
「佐藤、少しだけ笑ってくれました」
良かった。
笑ってくれたんだ。
「ありがとう、蓮くん」
「俺、また行きます。週に一回くらい」
「無理しないでね」
「大丈夫です」
蓮くんが電話を切った。
私にできなかったことを、蓮くんがやってくれた。
情けない。
でも、嬉しかった。
10. 雨の中で
帰り道、雨が降ってきた。
傘を差して歩く。
水たまりに、雨が落ちてる。
傷口に塩。
佐藤さんの傷は、まだ癒えてない。
これ以上、傷つけないようにしないと。
でも、光も見えた。
蓮くんが、会いに行ってくれた。
佐藤さんが、少し笑ってくれた。
小さな希望。
それを、大事にしよう。
11. エミリーとの会話
夜、エミリーとビデオ通話した。
「You look tired. What's wrong?」 「うん。初めての経験で、どうしていいか分からなくて」 「I see.」 「私、何もできてない気がする」 「That's not true.」 「でも、佐藤さんは学校に来れないし、私は見てるだけで...」
エミリーが、画面越しに言った。
「Misaki, you're doing your best.」 「...」 「You keep sending messages, right? That's something. That matters.」 「でも...」 「Even if you don't see results right away, keep going. That's so you.」
エミリーの言葉に、涙が出そうになった。
「ありがとう、Emily」 「Good luck. But take care of yourself too, okay?」 「うん」
エミリーとの通話を終えて、窓の外を見た。
雨は、まだ降ってる。
でも、いつか止む。
明日も、メッセージを送ろう。
佐藤さんが戻ってくるまで、待ち続けよう。
12. 小さな返事
次の日の朝。
スマホを見たら、メッセージが来てた。
佐藤さんからだった。
『先生、ありがとうございます』
たった一行。
でも、返事が来た。
『難波くんが来てくれて、嬉しかったです』
『もう少しだけ、休ませてください』
涙が出た。
返事が来た。
佐藤さんが、返事をくれた。
すぐに返信した。
『ゆっくり休んでね。先生は、いつでも待ってるから』
『ありがとうございます』
小さな一歩。
でも、確実に前に進んでる。
傷口に塩を塗らないように。
ゆっくり、ゆっくり。
佐藤さんのペースで。
雨の日が続いてる。
でも、いつか晴れる日が来る。
それを信じて、待ち続けよう。
次回「情けは人の為ならず」は2026年6月17日(水)公開予定です。