1. 夏休み初日
夏休みが始まった。
朝、ゆっくり起きた。
いつもより二時間遅い。
「なんか、変な感じ」
学校に行かなくていい朝。
嬉しいような、物足りないような。
窓を開けると、夏の日差しが眩しい。
セミの声が聞こえる。
さて、今日は何をしようかな。
2. 部活指導
夏休みとはいえ、仕事がないわけじゃない。
午後から、部活指導で学校に行った。
英語部の顧問をしてる。
といっても、部員は五人くらいの小さな部活。
「先生、おはようございます!」
「おはよう。今日は何するの?」
「英会話の練習です!」
部員たちが、元気に活動してる。
英語部は楽しい。
英語が好きな子たちが集まってて、やる気がある。
一時間ほど活動して、解散。
「先生、また明日!」
「うん、また明日」
生徒たちが帰っていった。
3. 蓮くんがいない
部活が終わって、校内を歩いた。
三年二組の教室を覗いてみた。
誰もいない。当たり前か。
廊下を歩いていると、バスケ部の練習が聞こえた。
体育館から、ボールの音と声。
蓮くんは、部活に入ってないんだよな。
家の手伝いをするって言ってた。
妹の面倒を見るって。
夏休み、何をしてるんだろう。
4. 帰り道
学校を出て、帰り道を歩いた。
暑い。
日差しが強くて、汗が出る。
商店街を通ろうとしたら、見覚えのある建物が目に入った。
「子ども食堂...」
前に、山田先生から聞いたことがある。
この辺りに、子ども食堂があるって。
ふと、入り口の方を見た。
子どもたちが、出てくる。
小学生くらいの子たち。
その中に、見覚えのある顔があった。
5. 咲良ちゃん
「あれ...」
蓮くんの妹、咲良ちゃん。
小学四年生。
前に一度、学校で見かけたことがある。
咲良ちゃんが、友達と楽しそうに話してる。
笑顔で、元気そう。
「咲良ちゃん?」
声をかけた。
咲良ちゃんが、こちらを見た。
「あ、サラ先生!」
覚えてくれてたんだ。
6. 子ども食堂の前で
「先生、なんでここにいるの?」
「学校の帰りに、たまたま通りかかって」
「そうなんだ。ここ、子ども食堂っていうの」
「知ってるよ」
「咲良、ここでご飯食べてるの」
咲良ちゃんが、嬉しそうに話してくれた。
「美味しいの?」
「うん!おばちゃんたちが作ってくれるの。すごく美味しい」
「良かったね」
「お兄ちゃんも、たまに来るよ」
「蓮くんも?」
「うん。お手伝いしてるの」
蓮くんが、子ども食堂でお手伝い。
そうだったんだ。
7. 蓮くんの居場所
「お兄ちゃん、今日はいないの」
咲良ちゃんが言った。
「今日は、家で勉強してる」
「そっか」
「でも、よく来てくれるよ。咲良のこと、迎えに来てくれる」
「優しいお兄ちゃんだね」
「うん!」
咲良ちゃんが、自慢げに笑った。
「お兄ちゃん、すごいんだよ。テストで二番なんだって」
「うん、知ってる。すごいよね」
「咲良も、お兄ちゃんみたいになりたい」
「きっとなれるよ」
咲良ちゃんが、嬉しそうに頷いた。
8. 子ども食堂代表
子ども食堂から、女性が出てきた。
「あら、咲良ちゃん、まだいたの?」
「おばちゃん、この人、お兄ちゃんの学校の先生」
「あら、そうなの」
女性が、私に挨拶してくれた。
「初めまして。子ども食堂代表の佐野と申します」
「瀬良と申します。蓮くんの英語を担当してます」
「蓮くん、よく手伝ってくれるんですよ」
「そうなんですね」
「とてもいい子です。咲良ちゃんも」
佐野さんが、優しく笑った。
「子ども食堂、ご存知でした?」
「名前は聞いたことあります」
「よかったら、今度覗いてみてください。いつでも歓迎ですよ」
「ありがとうございます」
9. 蓮くんの事情
帰り道、考えた。
蓮くんは、子ども食堂で手伝いをしてる。
咲良ちゃんは、そこでご飯を食べてる。
家庭が経済的に厳しいって、こういうことなんだ。
子ども食堂は、食事を提供してくれる場所。
経済的に困っている家庭の子どもたちを支えてる。
蓮くんは、手伝いをすることで、咲良ちゃんの居場所を守ってるのかもしれない。
「蒔かぬ種は生えぬ」
岩崎先生がよく言う言葉。
努力なくして、成果なし。
蓮くんは、努力してる。
勉強も、家の手伝いも、妹の面倒も。
全部、自分でやってる。
10. 商店街のおばちゃん
商店街を歩いてたら、やおふくのおばちゃんに会った。
「あら、先生。子ども食堂、見てきた?」
「はい。咲良ちゃんに会いました」
「ああ、難波さんところの妹さんね」
「知ってるんですか?」
「知ってるよ。あの家庭は大変だからね」
おばちゃんが、少し声を低くした。
「でも、蓮くん、頑張ってるよ。偉い子だ」
「はい」
「先生、あの子のこと、見守ってあげてね」
「もちろんです」
おばちゃんが頷いた。
「蒔かぬ種は生えぬ、ってね。あの子が蒔いてる種は、きっといつか実る」
「...そうですね」
おばちゃんの言葉が、心に残った。
11. アパートにて
アパートに帰った。
部屋は暑い。
エアコンをつけて、ようやく一息。
今日、見たこと。知ったこと。
蓮くんの家庭は、想像以上に大変なのかもしれない。
でも、蓮くんは頑張ってる。
咲良ちゃんも、明るく過ごしてる。
私にできることは何だろう。
今は、見守ることしかできない。
でも、いつか何かできるかもしれない。
「蒔かぬ種は生えぬ」
蓮くんが蒔いてる種。
勉強という種。努力という種。
きっと、いつか芽が出る。
花が咲く。
その時まで、見守ろう。
12. 夏の始まり
夜、窓を開けた。
少し涼しい風が入ってくる。
セミの声が、遠くで聞こえる。
夏休みが始まった。
これから一ヶ月以上、夏が続く。
蓮くんは、どんな夏を過ごすんだろう。
南雲くんは、セキュリティコンテストに出るって言ってた。
佐藤さんは、回復してるかな。
みんな、それぞれの夏を過ごす。
私も、私の夏を過ごそう。
来週は、実家に帰る。
両親に会える。
エミリーとも、連絡を取ろう。
夏休みは、充電期間。
二学期に向けて、しっかり休もう。
でも、生徒たちのことは、忘れない。
特に蓮くん。
あの子が蒔いてる種が、実る日が来るように。
私も、私なりの種を蒔こう。
教師として、できることを。
窓を閉めて、ベッドに横になった。
夏の夜は、少し蒸し暑い。
でも、心は少し涼しい。
明日も、暑くなりそうだ。
次回「若い時の苦労は買ってでもせよ」は2026年8月5日(水)公開予定です。