YMO世代の気持ち -ノベル館-

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水曜日を待つ人たち -第2話「道の分かれ目」-

 三月十八日、水曜日。

 松本颯太の机の引き出しには、進路調査票がまだ入っていた。記入期限は今週の金曜日。クラスの半分はもう提出したらしい。

 隣の席の奥田は「東京の大学」と言った。窓際の西島は「公務員試験」と言った。みんなすでに答えを持っている。颯太には、なかった。

 好きなことを聞かれたら「本を読むこと」と答えるくらいしかない。でも「本が好きです」を職業に変換する方法が、どのパンフレットにも書いていない。進路指導室に並んでいるのは、どれも「安定」か「やりがい」の二択で、その間にある何かを颯太はまだ言語化できていなかった。

 先週の電車でのことを、なぜかまだ思い出す。参考書を拾ってくれたスーツの女性が、「この言葉、どこで書いたの?」と聞いてきた。あの目が、真剣だった。自分が無意識に書き込んだ言葉を、見知らぬ大人がそんなふうに見るとは思っていなかった。颯太は帰りの電車でもう一度その文字を見て、初めてちゃんと考えた。自分は本当にそう思っているのか、と。

 瀬良先生——クラスではサラ先生と呼ばれている——に話しかけたのは、放課後のことだった。

 「進路、全然決まらないんですけど」

 「颯太くんは何が好きなの?」

 「本、かな。読むのも、言葉とか」

 「じゃあそこから始めればいい」

 「でも、本が好きって、職業にできるかわからないし」

 瀬良先生は少し考えてから言った。

 「なれるかどうかを今決めなくていいよ。好きかどうかだけ決めればいい。颯太くん、ちょっと急ぎすぎてない?」

 急ぎすぎてない?

 その言葉が、どこかに引っかかった。どこかで聞いたような気もした。


 帰り道、颯太は図書室の前を通った。以前から存在は知っていたが、入ったことはなかった。外のベンチに、文庫本が一冊置かれていた。

 落とし物だろうか。拾い上げると、中からカードが落ちた。名刺より少し小さい、白い紙。

 印刷された文字が読めた。

 「2026年4月1日より、ウェブ連載開始」

 その下に、二つの作品名。

 図書室の管理人が書く日刊小説。若い先生が主人公の週刊小説。

 書いた人間のことが、少し気になった。でもカードには、それが書いていなかった。

 若い先生、という文字で颯太は思わず笑った。サラ先生のことを思い出したからだ。

 颯太はしばらくその場に立ったまま、カードを眺めた。図書館を舞台にした話と、学校を舞台にした話。どちらも、自分の毎日にすごく近い場所の話だった。

 四月一日か、とつぶやいた。

 颯太はその夜、机の引き出しから進路調査票を出した。

 何を書いたのかは、自分でも少し驚いた。でも、書いている間、ペンが迷わなかった。

 翌朝、颯太は図書室の前を通って、文庫本をベンチに戻した。カードは元通り、本の中に挟んで。


 

2026年4月1日(水)開幕

『水曜日の朝、信号が青になるまで』 毎朝6時更新・全365話

『ケセラ瀬良なんです! 〜二三歳、先生はじめました〜』 毎週連載

四月から、一緒に歩きませんか。