YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

天声人誤 第2回 呼ばれた気がした

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 締切が明けた夜は、何もする気が起きないのに、なぜかニュースだけは開く。

 風呂も入らず、畳の上に寝転がったまま、親指で世の中をめくっていく。褒められた習慣ではない。ただ、一日の終わりに世界の様子を確認しておかないと、自分がいまどのあたりにいるのか分からなくなる。

 その夜、指が止まった。

 人事院が、就職氷河期世代を対象にした国家公務員の中途採用試験を、二年ぶりに実施するという。応募は五千百十六人。そう書いてあった。

 対象は、一九六六年四月二日から一九八六年四月一日までに生まれた者。

 指を折って数えた。一九七九年。……入っている。

 妙な気持ちになった。呼ばれた、と思ったのである。

 国が、二十年あまり放っておいた世代に向かって、いま「来てもいいですよ」と言っている。その名簿の範囲に、俺の生年がちゃんと入っている。四十七の夜中に、布団の上で、少しだけ姿勢を正した。

www.jiji.com

 姿勢を正してから、続きを読んだ。

 採用予定、百七十九人。

 「なんでやねん」

 声が出た。隣の部屋はないので、誰にも迷惑はかかっていない。

 五千百十六人が応募して、採るのは百七十九人。倍率にして二十八・六倍。しかも俺のような都下の人間が受けることになる区分は「事務関東甲信越」といって、二千三十四人が応募して三十六・三倍だという。

 俺はしばらく、その区分名を見ていた。

 関東甲信越。

 広い。あまりにも広い。埼玉の人と新潟の人と山梨の人が、同じ枠を取り合っている。都下の四十七歳が、佐渡のあたりの誰かと椅子を奪い合う画が浮かんで、俺はそこで少し腹が立った。区分けが雑ではないか。せめて中央線沿線ぐらいで分けてくれないか。

 ——本筋はそこではない、と自分でも思う。思うのだが、腹の立つ場所というのは、自分では選べない。

 二十数年前、俺が何をしていたかというと、たいしたことはしていない。

 新卒でどこにも入れず、そのへんで働き、そのへんを辞め、そのへんで拾われて、気がついたら飽留野のタウン誌にいた。誰のせいでもない。そう言い続けてきたし、いまもそう言うつもりでいる。

 ただ、あの頃に「二十年後に百七十九人ぶんの席を用意します」と言われていたら、俺はどんな顔をしただろうか。たぶん、笑ったと思う。何も考えていなかったので。

 これ以上は書かない。湿っぽいのは性に合わない。

 ところで、さっきから気になっていることがある。

 人事院。

 何度読み返しても、にんじんに見える。

 「人事院て、なんべん見てもにんじんに見えますねん」

 誰もいない部屋で言った。冷蔵庫が答えるように鳴った。

 四十七年やってきて、いま初めて自分の目を疑った。

参照した記事

※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

前の記事: 天声人誤 第1回 はじめに、誤っておく 連載一覧: 天声人誤