YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

天声人誤 第3回 親衛動画

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 「うちはね、中村さん、稟議書を東京に送るんですよ」

 飽留野の外れにある工場の応接室で、専務がそう言った。創業六十年の菓子屋である。地元では名の知れた店で、数年前に都心の大きな会社に買われた。いまはその会社の、何番目かの子会社ということになっている。

 「東京いうても、ここも東京ですやん」

 「そうなんですけどね」

 専務は笑わなかった。笑うところではなかったらしい。

 包装紙の色を変えるのに半年かかったという。地元の高校とコラボした限定商品は、企画書を出して十か月待って、返ってきたのは「グループの世界観と合わない」という一行だった。社内システムは全部入れ替えになり、六十年ぶんの製造記録を打ち直した。そのくせ年度の初めには「子会社にも独自性を発揮してほしい」という社長メッセージが届く。

 「独自性を発揮しろ、と」

 「はい」

 「勝手にやるな、とも」

 「はい」

 俺は取材ノートに「独自性(ただし許可制)」と書いた。書いてから、これは記事には使えないなと思った。

 その週の金曜、深夜。

 俺は録画したアニメを見ていた。『これ描いて死ね』という。漫画を描く高校生の話で、今月から日本テレビ系の深夜枠でやっている。原作は小学館の雑誌に載っているらしい。何がいいというわけでもないのだが、見終わったあとしばらく天井を見ていた。ああいう時間の使い方をした覚えが、俺にもあった気がする。気のせいかもしれない。

 感心したので、制作会社を調べた。

 シンエイ動画。

 『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』を作っているところである。そして——テレビ朝日の、一〇〇パーセント子会社である。

www.vap.co.jp

 もう一度言う。テレビ朝日の完全子会社が作ったアニメが、日本テレビの枠で流れている。公式サイトのドメインはバップ、こちらは日本テレビホールディングスの完全子会社だ。

 俺は布団の上で起き上がった。

 これは相当なことだと思う。

 親会社からすれば、自分の一〇〇パーセントの子が、よその局の看板の下でいい仕事をしている。止めようと思えば止められたはずだ。「グループの世界観と合わない」と一行書けば済む。それをしなかったということは、しなかったということである。

 ついでに製作のクレジットを見た。「王島南高校漫研」とあった。

 作中に出てくる高校の漫研の名前である。委員会の社名がずらずら並ぶ代わりに、それだけが書いてある。

 俺はここでも感心した。座組みも金の出どころも、俺には分からない。分からないが、あの一行を最後に置ける会社は、たぶん子に口を出しすぎない。断言してもいい。断言する材料は何もないが、断言する。

 菓子屋の専務の顔を思い出した。

 あの会社に足りないのは、金でも人でもない。放っておかれる時間である。子は放っておかれた場所でしか、自分の形を見つけられない。半年待たされて決まった包装紙の色は、たとえ売れても、誰の色でもない。

 親の側にも言い分はあるのだろう。統制、責任、株主。分かる。分かるが、それを全部積んだ結果として出てくるのが「独自性を発揮してほしい(ただし許可制)」だとしたら、それはもう、独自性という言葉のほうが気の毒だ。

 子離れというのは、たぶん、手を離すことではない。よその局で放送されるのを黙って見ていることである。

 ところで、白状しておきたいことがある。

 シンエイ動画という社名を、俺は長いあいだ親衛動画だと思っていた。

 親を衛ると書いて、親衛。子会社なのだから親を守るのだろう、と勝手に納得していた。今回調べて初めて字が違うと知った。

 「うちは親衛やのうて、シンエイですねん」

 誰に言うでもなく言った。冷蔵庫が、また鳴った。

 守っていたのは親のほうだったのかもしれない。黙っていることで。

参照した記事

※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

前の記事: 天声人誤 第2回 呼ばれた気がした 連載一覧: 天声人誤