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天声人誤 第6回 天井

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 「もはやシーリングと呼ぶべきものはありません」

 七月三十日、片山財務大臣が記者会見でそう言った。来年度の予算の、概算要求基準についての発言である。

www.mof.go.jp

 シーリングというのは、各省庁が予算を要求するときの上限のことだ。ここまでにしてくださいね、という線である。今回はその線を引かないという。要求の上限を設けず、金額の決まっていない「事項要求」も認める。「強く豊かな日本」投資枠という別枠も作る。

 記者だから、意味は分かる。分かるのだが、俺はこの言葉のところで一度止まった。

 シーリング。

 うちの部屋の電気は、シーリングライトという。買ったときに箱に書いてあった。丸くて薄くて、天井にぺたりと付くやつである。

 ……天井。

 シーリングって、天井のことだったのか。

 四十七年生きてきて、いま知った。予算のシーリングと、電気のシーリングが、同じ言葉だと思っていなかった。片方は役所の用語で、もう片方は家電の名前だと、頭の別の棚に置いていた。

 棚が一つ、いま繋がった。

 繋がってしまうと、あとは止まらない。

 天井が無くなる。ということは、あの丸い電気はどこに付くのか。

 シーリングファンも困るだろう。あれは天井で回るものである。天井が無ければ、ただの扇風機が宙に浮いていることになる。

 そもそも、天井の無い部屋というのは、部屋ではない。あれは庭である。

 いや待て。「天井知らず」という言葉は、昔からある。 ということは先人はとっくに分かっていたわけで、値段が上がり続けることを、ちゃんと天井で言い表していた。相場の世界でも、いちばん高いところを天井と呼ぶ。

 つまり日本は、これから庭になる。

 ……という結論に達したところで、俺は一度、湯を沸かした。

 真面目な話を、ざっくり書いておく。

 この十日前、七月二十一日に、政府は「骨太の方針」を閣議決定している。正式には「経済財政運営と改革の基本方針2026」といって、副題は「『責任ある積極財政』元年 〜日本の挑戦を起動する!〜」である。

 中身で目立つのは二つ。

 一つ、約二十年間ずっと柱だった、基礎的財政収支の黒字化を掲げなかった。 代わりに債務残高の対GDP比を下げることを中核に置いた。

 二つ、「財政健全化」という言葉が、前の年は十一回出てきたのに、今年はゼロになった。

 そして七月三十日、冒頭のシーリングの話になる。十日で、二段階外れたことになる。

 俺が引っかかったのは、十一回が零回になった、というほうである。

 金額の話は、正直よく分からない。官民合わせて二千四十年度までに三百七十兆円、と言われても、俺の頭には入らない。三百七十兆を四十七歳で割っても何も出てこない。

 だが、言葉が消えたかどうかは数えられる。

 十一回あったものが、零回になった。これは意見ではなく、数の話である。良いか悪いかは俺には分からない。分からないが、数えれば分かることを数えておくのは、記者の仕事のうちだと思う。

 なくなったのが天井なのか、天井という言い方なのか。それすらも、まだ分からない。

 ところで、腹が減った。

 天井の話をしていたら、天丼が食べたくなった。駅前の店で、上のやつを頼んだ。上限が無いというのは、こういうことではないと思う。

 同じボケを二度繰り返すことを、お笑いの世界では天丼という。

 俺はさっきから、天井と天丼だけで三度やっている。

 ……これが、無制限ということか。

参照した記事

※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

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