
スーパーで、実物を見た。
棚に白黒の袋が並んでいる。ポテトチップスである。うすしお味だった。
……思っていたのと、違った。
もっと暗いものを想像していた。喪服のような、遺影の額縁のような。実際に棚にあったのは、白地に黒で品名が刷ってあるだけの、ずいぶん素っ気ない袋だった。素っ気ないが、汚くはない。むしろ棚の中では目立っていた。
俺は一袋買って帰った。中身は、いつものポテトチップスだった。
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帰ってから、経緯を調べた。
五月十二日、カルビーが十四品のパッケージを白黒二色に切り替えると発表している。理由は同社の説明で、中東情勢の緊迫化にともなう原材料の調達不安定化。印刷に使うインクと、それを溶かす溶剤が石油由来で、供給が不安定になったのだという。
そして、これが効いた。ネットで拡散した「店頭に並んだ白黒ポテチ」の画像は、その多くが加工されたものだった。
現行のパッケージを機械的にモノクロにしただけの、不自然な画像。そこに「葬儀チップス」「お悔やみチップス」というキャプションが付いて回った。生成AIで作った「透明袋のカルビー」という架空のデザイン案まで、同じ流れを泳いでいた。
実物と、偽物と、誰かの妄想が、同じ画面を流れていたわけである。
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だが、俺が本当に引っかかったのは、そこではない。
最初にあの袋へ意味を見つけたのは、褒めた人だった。
白黒になったと聞いて、「これは戦争への静かな抗議ではないか」と読んだ人がいる。反戦のメッセージだ、企業として立派だ、と。カルビーはその噂に対して、はっきり否定している。社会的な意図は一切ない、と。
だが、否定が届く前に、前提のほうが先に固まった。
あの袋には意味がある、という前提である。
いったんそれが固まると、話は「意味があるかどうか」ではなくなる。「どっち側の意味か」になる。褒める側が意味を見つけ、貶す側がその意味を奪い取り、最後には、報道のどこにも出てこない呼び名が付いた。
褒めた人が、いちばん最初の足場を組んだ。悪気は、どこにもない。
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ところで、この会社が何をしている会社か、俺は今回はじめて調べた。
北海道の契約農家、およそ千戸。取り組みは四十年以上。ポテトチップスに使うじゃがいもの、およそ八割が北海道産。子会社の社員は「フィールドマン」と呼ばれ、畑を回ってデータをもとに助言し、生産者を集めて「青空教室」という勉強会まで開いている。
四十年、日本の畑と組んできた会社である。
その会社が、インクが手に入らなくなったとき、値上げも、内容量の削減も、製造休止も選ばなかった。袋の色を落として、欠品を防ぐほうを選んだ。
見た目を捨てて、中身を守ったわけだ。
そして、見た目だけを見た人たちに、思想を判定された。
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買ってきた袋を、もう一度見た。
白と黒しかない。何も書いていない。何も言っていない。
言っていないものに、みんなで白黒つけたのである。
……この一行のために一袋買ったと思うと、少し高くついた。
参照した記事
- カルビー白黒パッケージ騒動 SNSデマとAI提案が呼んだ論争 透明化はなぜ難しいのか - coki (公器)(coki / 2026-05-14 / 参照 2026-07-30)
- 北海道じゃがいも物語|カルビー(カルビー公式 / 参照 2026-07-30)
※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
この連載について
『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。
世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。
更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。
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