
面白そうなアニメが始まるらしい。
編集部で、デザイナーがそう言っていた。原作は読んだことがある。悪くない話だった。あれが動くのなら見たい、と素直に思った。
「どこでやるの」
俺がそう聞いたら、返ってきたのは局名ではなかった。
「ネットフリックスです」
*
この一言を、俺はこの一年で何度聞いただろうか。
新しいドラマ、新しいアニメ、たまにバラエティ。面白そうだと思って、どこで見られるのかを調べる。そして「配信のみ」という五文字に当たる。
当たったところで、話は終わる。俺は入っていないからである。
*
この、行き止まりに当たった感じは何なのか。しばらく考えて、正体が分かった。
昔は、見られない理由が「時間」だった。
深夜二時にやっている。眠い。だから録れる機械を買って、録って、翌日に見た。この夏、俺が『これ描いて死ね』を見たのもその方法である。時間の問題は、機械と根性で越えられた。
いまは違う。理由が「加入していないから」になった。
これは根性では越えられない。眠気は我慢できるが、未加入は我慢のしようがない。払うか、諦めるか、その二つしかない。
*
料金を調べた。
広告つきスタンダードが月額八百九十円。スタンダードが千五百九十円。プレミアムが二千二百九十円。画質と、同時に見られる台数が違うらしい。
俺はここで、一つ引っかかった。
いちばん安いやつには、広告がつく。
広告を見るために、八百九十円を払う。
……これは、どういうことだ。俺が子どもの頃、広告というのは、番組を無料で見せてもらう代わりに我慢するものだった。広告を見るのは、対価を払わない側の作法である。それが今は、広告を見るほうが安い、という並びになっている。
順序が逆ではないか。
と、ここまで書いて、自分でも分からなくなった。テレビだって受信料はあるし、そもそも機械を買っている。無料だったわけではない。俺は何かを取り違えている気がする。取り違えているが、引っかかった感じだけは残っている。
*
編集部には、新聞が三紙来る。
俺はいまでも、テレビ欄を隅から隅まで読む。これは職業病というより、単なる習慣である。中学の頃、この欄を読むのが好きだった。深夜の枠に、意味の分からない番組名が並んでいるのを見るのが楽しかった。
その欄に、いま話題の作品は載っていない。
載らないものが、年々増えている。テレビ欄は、テレビでやるものしか載せない。当たり前である。当たり前なのだが、俺が世の中を確認する窓は、いつのまにか世の中の一部しか映さなくなっていた。
窓が小さくなったのではない。外が広がったのに、窓がそのままなのだ。
*
テレビ欄をめくる、という動作は、もうすぐ誰もしなくなるのだろう。
あれはめくるものだった。いまは、指で払うものになった。
払った先に何があるのかを、俺は月に八百九十円払わないと知ることができない。
*
見たい作品に、俺は今日も振られている。
ネットフリックスだけに。
……言ってから、フリックスの意味が違うことに気づいた。
参照した記事
- プランと料金 | Netflixヘルプセンター(Netflix ヘルプセンター / 参照 2026-07-31)
※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
この連載について
『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。
世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。
更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。
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