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天声人誤 第12回 乗り換え

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 編集部には、新聞が三紙来る。

 テレビ欄から読むのはいつものことだが、その日はめくった手が経済面で止まった。WOWOWの決算が出ていた。加入者が減っている、という話である。

 俺は、少し心配になった。

 配信に振られ続けている男が、放送の心配をしている。おかしな話だとは思ったが、心配というのは、たいてい順番を選んでくれない。

 調べた。

 WOWOWの加入者は、二〇一八年九月の二百九十三万件がいちばん多い。直近は二百八万件である。八年弱で、八十万人以上いなくなった。率にすれば三割近い。

 三割である。町内会が三軒に一軒抜けたようなものだ。俺はいよいよ心配になり、続きを読んだ。

 読んで、心配の行き先が分からなくなった。

 四月から六月の経常利益が、上半期ぶんの計画を、この三か月だけで超えていた。配当も出す。しかも配当性向は百四十一・九パーセントで、これはつまり、その期の利益より多く配るということらしい。

 「減ってんのに、多めに配るんかい」

 声が出た。減っている会社が、身を削って配っている図を想像したが、たぶん違うのだろう。俺は経済の記事を任せてもらえない男である。

 もっと分からなくなったのは、その次に出てきた話である。

 WOWOWは、ドコモの配信サービス「Lemino」を、合弁で運営する。WOWOWが五十一パーセント、ドコモが四十九パーセント。十月一日に始まる。

www.phileweb.com

 加入者が三割減った会社が、配信を買いに行っている。

 「沈みかけの船が、船買うてどうすんねん」

 これも声に出た。信号待ちではなく編集部だったので、デザイナーがこちらを見た。何でもないです、と言った。

 念のため、隣も見た。スカパーである。

 こちらも減っていた。というより、もっと減っていた。専用のアンテナとチューナーが要る「プレミアムサービス」というほうは、二〇一五年度の百二十万件から、いまは五十七万件である。十年で半分以下。

 ところが、だ。

 スカパーJSATの決算は、営業利益も純利益も過去最高だという。契約は減り続けているのに、である。

 中身を割ってみて、ようやく合点がいった。稼ぎ頭が宇宙になっていた。衛星通信のほうが伸びていて、そちらの営業収益が六百九十八億円。放送を含むメディア事業は、売上が一・九パーセント減っている。減っているのに、そちらの利益は七十四パーセント増えている。

 コストを削ったからである。

 加入者を増やすのをやめたら、利益が出た。

 ここまで来て、俺は最初の心配を思い出した。

 WOWOWが組む相手は、大丈夫なのか。

 ドコモである。近ごろ、つながらないとよく言われている。俺の周りでも聞く。あのドコモが、と枕詞がつくのがまた気の毒である。

 数字を見た。

 二〇二五年度、通信の営業利益が三千四十六億円。前の年より千六百六十五億円減っている。三十五パーセント減。

 その隣に、金融や決済を含む事業の数字が並んでいた。三千二十七億円。こちらは六百九十一億円の増、二十九・六パーセント増である。

 俺はしばらく、二つの数字を見比べた。

 三千四十六と、三千二十七。

 電話の会社の稼ぎと、金の会社の稼ぎが、並んだ。

 つながらない件も、調べた。

 イギリスの調査会社が、今年の一月から三月にかけて測っている。それによると——

 5Gの速度は、ドコモが一位である。百五十九・一メガビット毎秒。他社より速い。

 「一貫した品質」という項目は、三位である。ソフトバンクが八十五・八パーセント、auが八十五・四、ドコモが七十五・二。十ポイント以上、離されている。

www.itmedia.co.jp

 速い。だがムラがある。

 これは、なんというか、身に覚えのある成績表である。やればできる。ただし毎回ではない。通知表の所見欄に書かれるやつだ。

 そして、そのムラを直すために基地局を建てている。設備投資が三割増えた。その費用が利益を押し下げて、二月に営業利益の見通しを八百三十億円下げている。

 直すために、減っている。

 この一行だけは、俺にもよく分かった。

 ここで俺は、決定的なことを思い出した。思い出したつもりになった、と書くべきかもしれない。

 ドコモは、前にも動画で失敗している。

 BeeTV。携帯電話でドラマを見るという触れ込みで、ずいぶん前に始まって、いつのまにか無くなったやつだ。名前が変わってdTVになり、それも変わってLeminoになった。名前を変え続けるのは、うまくいっていない証拠である。

 俺はそう決めつけて、確かめもせずに書きかけた。書きかけて、いちおう調べた。

 二〇一三年七月の会員数は、五百六十二万人だった。

 手が止まった。

 五百六十二万である。飽留野市が何個入るのか、暗算では出ない。しかも二〇一〇年の八月には単月で黒字を出し、二〇一二年三月期には通年でも黒字になっている。

 失敗ではない。ピークを打って、減っただけだ。

 WOWOWとまったく同じ形である。俺が三割減ったといって心配していた、あの形と。

 もう一つ、後から知って唸ったことがある。

 BeeTVは、エイベックスとの合弁で始まった。二社で会社を作り、十年以上やって、二〇二二年にドコモが相手の株を全部買い取って、自分のものにした。

 そして今度は、WOWOWと組む。

 今度は、ドコモが四十九パーセントの側である。

 組んで、買い取って、また組んで、今度は渡す側に回った。十七年かかっている。俺が一度も配信に入らないでいるあいだに、向こうは一周していた。

 そこまで読んで、俺は自分の心配が、どこにも届いていないことに気づいた。

 俺が心配していたのは、潰れるかどうかである。

 誰も潰れそうにない。そういう話ではなかった。

 放送は、宇宙で稼ぐようになった。通信は、金を扱うほうへ寄った。WOWOWは、配信を運営する側へ回った。全員、いま立っている場所から、静かに降りようとしている。

 降りていないのは、俺だけである。

 俺はまだ、入るか、入らないかで悩んでいる。八百九十円を払うか、諦めるか。前にそう書いた。書いたときは、それが問題だと思っていた。

 その土俵は、もう誰も使っていない。

 というわけで、心配は取り下げることにした。

 取り下げたが、すっきりはしない。心配というのは、当たらないと分かっても、なかなか引っ込んでくれないものである。引っ込まないぶんだけ、こうして書く羽目になる。

 テレビ欄に戻った。今夜も、載っているものだけが載っている。

 「WOWOWも、ドコモも、大丈夫やろか」

 ……どこも、な。

 言ってから、これを言うために三日ぶん調べたような気がしてきた。

参照した記事

※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

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