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天声人誤 第13回 三十五センチ

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 熊本で、大きな地震があった。

 七月二十八日の午後四時二十七分。マグニチュードは七・一、震源の深さは十六キロ。熊本県の宇城市と氷川町で、震度七を観測している。国内で震度七が出たのは、二〇二四年の元日の能登以来である。

 いま分かっているだけで、亡くなった方が三十八人。重傷が十五人、軽傷が百四人。全壊した家が七百棟。数字は、まだ動いている。

 被害に遭われた方に、お見舞いを申し上げます。

 俺は飽留野にいる。何もしていないし、何もできていない。以下は、遠くで新聞を読んでいる男が、調べただけの話である。

 八月三日の午後六時の時点で、百五十五か所の避難所に、八千二百六十二人。ピークだった七月三十日には、四百十五か所に一万四百六十七人がいた。車の中で寝ている人や、家に留まっている人も多いという。

 新聞に、避難している人の言葉が載っていた。狭くて眠れない。荷物を置くと足を伸ばせない。雑魚寝で物音がして眠れない。横になれるのは、一人あたり一畳ほどだという。

 三割を超える人が、暑さがこたえる、と答えている。熱中症で運ばれる人の数は、地震の前の週の平均を上回ったままだという。

 八月である。

 八月二日、八代市に段ボールベッドが届いた。およそ六百個。政府と日本赤十字社の支援によるものだという。

news.web.nhk

 俺はその見出しを見て、ああ、あれか、と思った。

 東京オリンピックの選手村にあったやつである。壊れやすいという噂が立って、外国の選手が上で飛び跳ねて、壊れないことを証明した動画が世界中に回った。あれが災害でも使えるようになったのだろう、と俺は思った。

 ……逆だった。

 災害用のほうが、先である。

 二〇一一年、東日本大震災の直後。大阪の段ボール会社の社長が、テレビを見ていた。避難所の高齢者が、体を冷やして弱っていくのが映っていた。

 段ボールには、断熱性がある。これで寝床を作ればいい。

 その場で設計を始めて、地震から二十日ほどで、最初の二百台を届けた。一週間後に、改良したものをもう二百台。石巻の赤十字病院と、宮城県の避難所である。

 ところが、使ってもらえなかった。

 断られた。罵声を浴びた。帰れ、と言われた。

 この人がそこで何をしたかというと、設計図を無償で公開した。自分の会社だけでは、どうせ間に合わないからである。全国の段ボール工業組合にも、図面をただで渡した。そして自治体と、一つずつ防災協定を結んでいった。

 これまでにおよそ二十の被災地へ、二万三千台。

 業界の推奨規格では、床面からの高さを三十五センチにしている。

 三十五センチという数字には、理由がある。

 床の上には埃が舞う。何百人もが歩き回る体育館の床は、そういう場所になる。そして床に寝ていると、人は立ち上がらなくなる。動かなくなると、血が固まる。エコノミークラス症候群という。

 地震で亡くなるのではなく、そのあとで亡くなる。災害関連死という言葉が、それである。

 三十五センチは、そのために測られた高さだ。

 今回亡くなった三十八人のうち、一人は、災害関連死の疑いとして数えられている。

 七十代の女性が、氷川町で、車の中で夜を過ごしていて、熱中症で亡くなったという。もう一人は、地震との関連をいま調べているところだそうだ。

 車の中である。避難所ではない。だから段ボールベッドの話とは、直接はつながらない。

 つながらないのだが、俺はこの一行を読んでから、ずっとそのことを考えている。

 ちなみに、オリンピックの選手村のベッドは、幅九十センチ、長さ二百十センチ、高さ四十センチ。耐荷重はおよそ二百キロだったという。

 災害用のほうも、売られているものの多くは百五十キロから二百キロほどである。

 ……似たようなものだった。

 俺は、まるで別物だろうと思って調べ始めた。片方は選手が飛び跳ねるやつで、片方は避難所に置くやつである。数字を並べれば、はっきりした違いが出ると思っていた。

 出なかった。高さも、支えられる重さも、だいたい同じだった。

 似たようなものが、十年の間をあけて、二度、別々のところで作られたということになる。

 十年である。

 二〇一一年から、二〇二一年まで。断られ、罵声を浴び、図面をただで配って、自治体を一つずつ回っていた十年のあいだ、この道具の名前は世の中に知られていなかった。

 知られたのは、選手が飛び跳ねた夜だった。

 そのことを悪く言うつもりはない。あの動画で名前が広まったのは事実だし、広まったほうがいい道具である。実際、いま俺が「あれか」と思い当たったのも、あの映像を覚えていたからだ。

 ただ、順番は、逆だった。

 もう一度、見出しを見る。

 「熊本 八代 初めて約600個の段ボールベッドが届く」

 地震は、七月二十八日だった。

 この二つの日付のあいだに何があったのかを、俺は知らない。知らないので、書かない。知らないことを書くのが、いちばんいけない。

 調べているうちに、自分が何を見ていなかったのかが分かってきた。

 段ボールでできているのは、ベッドだけではない。

 避難所用のパーテーションがある。組み立てると二メートル四方で、高さは百二十センチ。パネル八枚と柱八本で一組になっていて、道具は要らない。能登の地震のときには、新潟市に開かれた避難所に持ち込まれて、五組で三つの部屋を作ったそうだ。

 救護用の目隠しもある。人が倒れて手当てを受けているところを、周りから見えないようにするためのものである。段ボールの便所もある。

 俺は「段ボールベッド」という五文字だけを見て、それで調べ終えたつもりになっていた。

 避難所には、TKBという言い方があるのだという。

 Tはトイレ、Kはキッチン、Bはベッド。清潔な便所と、温かい食事と、床から離れて眠れる場所。この三つが要る、という意味である。今年の秋にできる防災庁も、これを柱の一つに据えるらしい。

 新聞に、地震から四十八時間後の記事が出ていた。見出しは「十年前と変わらぬ避難所」だった。

 断水で避難所の便所が使えない。隣の施設は夜十時で閉まる。早朝の公衆便所に、女性が三十人も四十人も並ぶ。食事はパンとおにぎりばかりになる。

 そして——人口五万人あまりの市で、段ボールベッドの備蓄は四十台だったという。

 五万人に、四十台である。

 いまの熊本には、パーテーションもベッドも比較的早くそろった避難所と、教室に仕切りがないまま丸見えで過ごしている避難所が、両方あるのだそうだ。

 俺は飽留野にいて、今夜も畳の上で寝る。

 畳の上で寝られることについて、これまで一度も考えたことがなかった。便所に並ばなくていいことも、考えたことがなかった。

 次に段ボールベッドの写真を見たとき、俺が思い出すのは、たぶん飛び跳ねる選手ではない。断られ続けていた、十年のほうだ。

参照した記事

※この文章はフィクションです。語り手の中村悟は実在しません。 ただし、地震の被害と段ボールベッドについて書いた事実は、上に挙げた記事に基づいています。 被害の数字は、この文章を書いた時点のものです。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

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