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天声人誤 第15回 ぶっつけ

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 今日から、八王子まつりである。

 ウェブ版に短い紹介を載せた。飽留野からは電車で三十分ほど、取材圏の内である。ただし俺は、一度も見たことがない。見ていないものの紹介を書いたことになる。

 そのぶん、資料はよく読んだ。読んでいて手が止まった話が、二つある。

 まず、規模である。

 毎年、八月の第一金曜を初日とする三日間。今年は七日から九日。山車が十九台出る。彫刻が細かい。夜は灯火で照らされて、昼とは別の顔になるという。

 来場者は、二〇一七年の時点で八十五万人

 飽留野の人口の、何倍か。数えるのをやめた。

 民踊流しでは、二千百三十人が踊ってギネス世界記録に認定されている。浴衣の人が甲州街道を埋める。想像しようとしたが、俺の頭では五百人くらいでいっぱいになった。

 そして、千貫みこしである。

 多賀神社の宮神輿で、多摩では最大。高さ二・五メートル、担ぎ手はおよそ千六百人。明治十五年に浅草から買ってきたもので、昭和五十二年に浅草の彫刻師の手で大修復されている。

 重さは、およそ三トン

 ……ここで俺は、電卓を出した。

 一貫は三・七五キロである。千貫なら、三千七百五十キロ。三・七五トンでなければ、千貫ではない。

 七百五十キロ足りない。

 「千貫、ないやんけ」

 声が出た。編集部で。デザイナーはもう慣れたのか、今度は顔も上げなかった。

 調べると、この呼び名は大修復のあとについたものらしい。測って付けた名前ではない。大きい、重い、たいしたものだ——そういう意味の千貫である。

 名前は、実測ではない。

 この連載をやっていて、こういうものにばかり行き当たる。

 もう一つ、手が止まったのは「ぶっつけ」という言葉だった。

 山車と山車がすれ違うとき、それぞれの囃子を鳴らして競い合う。これをぶっつけという。辻に何台も集まると「辻合わせ」になり、数台でいっぺんにやることもあるらしい。

 この二文字を見た瞬間、俺は先月の肩を思い出した。

 立川の駅で、五十がらみの男に肩をぶつけられた。振り向きもせずに行ってしまった、あの一件である。あれもぶつけであった。

 ぶつける、という動作は、あまり気分のいいものではない。それが祭りの見どころになるというのが、正直よく分からなかった。

 分からないので、続きを読んだ。

 競い合うというからには、勝ち負けがあるはずである。どちらの町が勝ったのか。審査員はいるのか。何を基準に決めるのか。

 俺は資料をひととおり探した。

 無かった。

 勝敗を決める仕組みが、どこにも書いていない。競い合うが、決めない。鳴らして、鳴らし返して、そして離れていく。それだけである。

 しばらく考えて、腑に落ちた。

 あれは、向き合わないと成立しない。

 山車が向き合って、囃子を鳴らす。相手が鳴らし返す。それを聞いている。聞いていなければ、競り合いにならない。ぶつけているようでいて、あの二台はずっと相手を見ている。

 立川の男は、振り向かなかった。

 同じ「ぶつける」でも、こちらは相手がいない。ぶつけた先に人がいることを、たぶん見ていない。

 向き合っているかどうかで、まるで別のものになる。

 由来のところも面白かった。

 もともとは二つの祭りだったのだそうだ。多賀神社の祭礼を「上の祭り」、八幡八雲神社の祭礼を「下の祭り」と呼んで、七月と八月に、別々にやっていた。山車の祭りとしては三百年ほどの歴史がある。

 それが昭和三十六年に「三万人の夕涼み」という市民祭として始まり、昭和四十三年に「八王子まつり」と名前が変わって、二つが一つになった。

 別々の月に、別々にやっていた二つが、いまは同じ辻で囃子を鳴らしている。

 考えてみれば、これも一種のぶっつけである。上と下が、ぶつかって、離れずに、そのまま一つの祭りになった。

 というわけで、今日から三日間である。

 俺はまだ、山車を一台も見ていない。十九台の彫刻も、二千百三十人の浴衣も、三トンの神輿も、いまのところ全部、紙の上の数字である。

 その紙だけで紹介記事を書いて、もう上げてしまった。今日はこれから、それを確かめに行く。

 ぶっつけ本番である。

 ……こういうときだけ、言葉がうまく合う。

参照した記事

※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 八王子まつりは実在の行事ですが、記した内容は公表されている情報の範囲によります。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

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