YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

天声人誤 第17回 一秒

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 商店街の景気について、市内の信用金庫の支店長に話を聞いた。

 応接室に入ってきたのは、思ったより若い人だった。名刺には支店長とある。声も張りがあって、姿勢がいい。よくこの歳で支店長を任されているものだ、と俺は思った。

 三十分ほど数字の話を聞いて、最後に世間話になった。

 「私、来年で定年でしてね」

 ……計算が合わない。

 聞けば、俺より十以上、上だった。

 こういうことが、近ごろよくある。

 取材先で年齢を聞いて驚く。テレビに出ている人の年齢を見て驚く。若く見える人が、増えた気がする。

 もっと言えば、顔が幼い。童顔が増えたのではないか。

 俺はそう思った。思ったので、調べた。

 これが、いきなり当たった。

 今年の五月、東京大学と科学警察研究所などの研究者が、日本人の頭の骨の形が百年で変わったという論文を出している。一九〇〇年から一九二〇年ごろに亡くなった五十六人と、二〇二〇年代に亡くなった五十六人の頭骨をCTで三次元にして、比べたものである。

 いちばん大きな変化は「短頭化」だという。

 現代人の頭骨は、百年前の人たちより前後に短く、横幅が広い。全体の高さもやや低い。

 前後に短くて、横に広い。

 つまり、丸い。

 俺は膝を打った。ほら見ろ、と思った。俺の目は節穴ではなかった。

 ……節穴だった。

 同じ論文が、こうも書いている。

 百年前は男女の骨格の差が小さかったが、現代では差が広がっている。男性では、眉間から顔の中ほどが前に出て、額がなだらかに後退している。

 男らしい方向に、はっきり寄っている。

 童顔化とは、逆である。

 しかも、だ。比べているのは百年前に亡くなった人二〇二〇年代に亡くなった人である。百年かけた変化の話であって、「最近増えた」の説明にはならない。

 顎のほうも調べた。

 柔らかいものばかり食べるから日本人の顎は退化した、というのは、俺も聞いたことがある。一九八二年の論文が見つかった。古い人骨九十五体と、現代人二百八十八人のレントゲンを比べたものだ。

 結論は、過去二千年で一貫して退化の方向

 二千年である。

 ここで俺は、ようやく気づいた。

 俺は「最近」の話をしていたのに、出てくる資料が全部「最近」ではない。

 百年。二千年。どれも本当のことなのだろうが、俺が知りたかったのは、この五年か十年の話である。その尺度の資料が、どこにも無い。

 尺度を変えると、答えが変わる。変わるというより、別の問いになってしまう。

 ところで、調べているうちに、もう一つ気になったことがある。

 堅い仕事の人に、童顔は少ない気がする。

 銀行、役所、士業。ああいうところで童顔の人を見た覚えが、あまりない。採用のときに、そういうものを見ているのだろうか。

 これも調べた。

 出てこなかった。

 「顔で採っている」という話は山ほど出てくる。何割がそう感じている、という数字も出てくる。だが、どれも就職情報のサイトが出どころで、誰に何人聞いたのかが辿れない。こういう数字は使わないことにしている。

 その代わり、別のものが出てきた。

 二〇〇五年の『サイエンス』に載った論文である。アメリカの研究者が、候補者の顔写真だけを見せて「有能そうか」を答えさせた。それだけで、議会選挙の結果が言い当てられたという。二〇〇四年の上院選で、六十八・八パーセント。

 判断にかかった時間は、一秒である。

 別の研究では、童顔の人は「体力が弱そう」「従順そう」、そして「有能ではなさそう」と見られやすいことが分かっている。丸い顔、大きい目、細い眉、小さい鼻。そういう顔立ちが、そう読まれる。

 経済学のほうにも、容姿と賃金を調べた本がある。一九七〇年代のアメリカのデータで、容姿が平均より下と判定された男性は、賃金が十三パーセント低かった

 そして、厚生労働省のサイトにはこう書いてある。

 応募者の適性と能力に関係のない事柄で、採否を決めてはならない。

 ……ここから先は、書かない。

 役所がわざわざ紙に書いて配っているものについて、俺が言えることは何も無い。そう書かねばならない理由があったのかどうかも、俺は知らない。

 結局、俺の疑問は解けなかった。

 解けなかったが、一つだけ分かったことがある。

 一秒である。

 人は顔を見て、一秒で、有能かどうかを決めているらしい。それが選挙の結果まで動かしてしまう。

 俺は応接室のドアが開いた瞬間に、あの支店長を「若い」と決めた。若いのに大したものだ、とまで思った。

 あの判断も、たぶん一秒だった。

 そして、外れていた。

 念のために書いておくと、俺自身は若く見られたことが一度も無い。

 「しっかりして見えますね」とは言われる。あれは、たぶん言い換えである。

 どうも、童顔とは縁がない。

 ……胴回りなら、年々ゆたかになっているのだが。

参照した記事

※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 引用した研究と数字は、上に挙げた資料によります。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

前の記事: 天声人誤 第16回 行き先 連載一覧: 天声人誤