
メロンで国際問題になっている。
新聞を三紙めくって、三紙とも載っていたので、これは本当に問題になっているのだと思った。
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報じられているのは、こういうことである。
オーストラリアのアルバニージー首相が七月、女性のお笑いタレントの動画番組に出た。そこで、高市首相から静岡県産のメロンを贈られた話をした。
そのとき、胸の前で両手を揺らすしぐさをしながら、「彼女は二玉持ってこられた」と言った。
英語で「メロン」は、女性の胸を指す俗語として使われることがある。
八月十一日、野党である保守連合の女性議員が下院の本会議でこれを取り上げ、侮辱だとして謝罪を求めた。
そして翌十二日、豪政府が日本政府に説明した。指摘されているような意味を込めて言ったわけではない、と。在豪日本大使館が明らかにしている。
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一読して、俺は「そら怒られるわ」と思った。
思ってから、最後の一行に戻った。
そういう意味ではない、と言っている。
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ここから先は、俺の領分である。
これは、誤読をめぐる争いだからだ。
俺は誤読で八回も九回も原稿を書いている男である。人の話を取り違え、記事を読み違え、そのたびに調べ直して、違っていたと書いてきた。
その経験から言えることが、一つだけある。
誤読は、受け手の中で起きる。
俺がシンエイ動画を「親衛動画」だと思い込んでいたとき、シンエイ動画は何一つしていない。悪いのは俺の頭の中だけだった。あちらに落ち度はない。
だから、聞き違いというのは、たいてい聞いた側の問題である。
……のだが。
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今回は、そう単純ではない。
しぐさが付いている。
報じられているのは「二玉持ってこられた」という言葉だけではなく、胸の前で両手を揺らしたという動作である。
言葉だけなら、聞いた側の連想だと言えたかもしれない。だが手が動いているとなると、受け手の頭の中だけの話にはならない。
といって、豪側は「そういう意味ではない」と言っている。言った本人にしか分からないことを、言った本人が否定している。
俺はここで手が止まった。
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意味というのは、言った人のものなのか。聞いた人のものなのか。
結論から言うと、俺には分からない。
分からないまま、一つだけ書けることがある。
「そういう意味ではない」と言えるのは、言った側だけである。そして——
「そう聞こえた」と言えるのは、聞いた側だけである。
この二つは、どちらも本当でありうる。片方が嘘をついているとは限らない。
厄介なのは、そこである。嘘つきがいないのに、話が食い違う。
議場で侮辱だと言った議員には、そう聞こえた。それは本当だろう。首相はそういう意味ではないと言う。それも本当かもしれない。
俺には、どちらかを選ぶ材料がない。無いのに選ぶのが、いちばんよくない。
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というわけで、話をメロンに戻す。
贈られたのは静岡県産である。あのあたりの温室で作られる、網目のきれいなやつだろう。マスクメロンである。
ところで俺は、この「マスク」を、ずっと仮面のことだと思っていた。
表面の網目が、細かい模様の仮面に見える。だからマスクメロン。四十七年間、疑ったことがなかった。
調べた。
違った。
マスクは mask ではなく、musk。麝香である。
雄のジャコウジカから採れる、あの高価な香料。マスクメロンの甘く濃い香りが麝香を思わせる、というのが由来だった。語源はギリシャ語の moskhos までさかのぼる。静岡県の公式サイトにも、そう書いてある。
網目は、関係なかった。
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メロンは、何も言っていない。
言っていないのに、名前のほうに意味が付き、その意味を日本中が読み違えている。そして今度は、贈られた先で別の意味を着せられて、議場にまで持ち出された。
果物にしてみれば、いい迷惑である。
もっとも、四十七年も仮面だと思い込んでいた男が言えた義理ではない。
マスク違いであった。
……俺のほうが、いい面の皮である。
参照した記事
- 高市氏贈呈のメロンをやゆ? オーストラリア首相の放談が物議:時事ドットコム(時事ドットコム / 2026-08-11 / 参照 2026-08-13)
- 「性的意味合いない」と日本に釈明 豪政府、メロン巡る首相発言で:時事ドットコム(時事ドットコム / 2026-08-12 / 参照 2026-08-13)
- https://www.pref.shizuoka.jp/kurashikankyo/shokuseikatsu/kaju/1003333/1027401.html(静岡県 / 参照 2026-08-13)
※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 発言と経緯については、上に挙げた記事に報じられている範囲でのみ記しています。
この連載について
『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。
世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。
更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。
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