
締切明けの原稿を、AIに校正させた。
誤字を拾ってもらっただけである。中身は変えていない。「てにをは」が二か所と、同じ語尾が三回続いていたのを直された。ありがたい話だと思って、そのまま入稿した。
その晩、ニュースを見て、手が止まった。
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Anthropicという会社が、自社のAI「Claude」の出す文章に、目に見えない透かしを入れると発表していた。八月十四日である。
仕組みは、グーグルのディープマインドが二〇二四年に『ネイチャー』で出した「SynthID-Text」という手法を使う。乱暴に言うと、次の単語を選ぶときの乱数の出どころを、少しだけ細工する。読む側には分からない。文章の質も落ちない。
人の目には見えないが、機械には読める印が残る。
EUのAI法にからむ透明性の取り決めに、七月に署名したためだという。署名者は百九十ほど。EU向けだけでなく、世界中に適用される。
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ここまで読んで、俺は他人事のつもりだった。
AIに文章を書かせる人の話だろう、と思っていた。俺は書かせていない。自分で書いている。
……その次の一行で、腰が浮いた。
公式の説明に、こう書いてある。
Claude may not be the original author.(Claudeが原著者とは限らない)
続けて、こうある。人はしばしばClaudeを、校正、翻訳、要約、ファイル変換に使う、と。
校正でも、付く。
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俺の原稿にも、たぶん入っている。
書いたのは俺である。取材したのも俺で、構成を考えたのも俺で、締切に遅れたのも俺だ。直してもらったのは、てにをは二か所と語尾の重複だけである。
それでも、印は付く。
「これは俺が書いたんですけど」
誰に向かって言っているのか分からない台詞が出た。相手がいない。印は、反論を聞いてくれない。
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落ち着いて、公式の文言をもう一度読んだ。
透かしが示すのは、これだけだという。
Claude was likely involved with the content at some point.
「どこかの時点で、Claudeが関わっていた可能性が高い」。
……書いた、とは言っていない。
同じ会社が、はっきりこうも書いている。「Claudeが書いた」のか「Claudeが重く手を入れた」のかは、透かしでは区別できない。
つまりこの印は、関与の印であって、著作者の印ではない。
俺が勝手に、書いた印だと読んだのである。またやった。
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では、著作権のほうはどうなるのか。こちらは日本の話である。
文化庁が二〇二四年三月に「AIと著作権に関する考え方について」というものを出している。文化審議会の小委員会がまとめたものだ。
要点は、たぶんこの二つである。
- AIが自律的に生成したものは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に当たらないので、著作物ではない
- 人が創作的に表現するための「道具」としてAIを使ったと認められれば、著作物になり、著作者はその人
基準は「創作的寄与」があるかどうか。誰が考え、誰が選び、誰が決めたか。
透かしが付いているかどうかは、この判断に出てこない。
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整理すると、こうなる。
透かしと著作権は、別の軸にある。
透かしは「機械が触ったか」を見る。著作権は「人が創作したか」を見る。測っているものが違う。
だから、こういう組み合わせが全部ありうる。
- 透かしが付いていて、著作権は書いた人のもの(校正に使っただけ)
- 透かしが付いていて、著作物ではない(AIが勝手に作った)
- 透かしが付いていないのに、AIが書いた(古いモデル、あるいは全部書き直した)
最後のがくせ者である。全部の語を置き換えるような書き直しをすると、透かしは消える。短い文や、事実だけの記述や、コードでも効きにくいという。
隠したい人ほど、消せる。
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実用の話をひとつ書いておく。
これから「検出されたら不正」という決まりを作る学校や職場が、たぶん出てくる。気持ちは分かる。
だが、その網に最初にかかるのは、自分で書いて、最後に校正だけ頼んだ人である。全部書かせて、そのあと丁寧に書き直した人は、かかりにくい。
正直に少しだけ使った人が捕まり、きれいに消した人が通る。
検出は道具にすぎない。道具が示すのは「関与」で、判断は人がやらないといけない。そこを飛ばすと、順序が逆になる。
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ところで、と俺は思った。
この手記も、校正に出している。
ということは、いまあなたが読んでいるこの文章にも、たぶん印が入っている。読んでも分からない。俺にも分からない。この行にも、この句点にも、入っているかもしれない。
妙な気分である。自分の書いたものが、自分の見えないところで、何かに数えられている。
もっとも——書いたのは俺だ、と言い張れる根拠のほうは、ちゃんと残っている。文化庁の考え方に照らせば、そこは動かない。
印が付くことと、俺のものであることは、別の話だった。
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というわけで、俺の原稿には、これから見えない印が付く。
四十七年生きてきて、初めて自分の書いたものに印が付いた。
少し誇らしい気もしたが、よく考えたら、印が付いただけである。
印は付いたが、印税は付かん。
参照した記事
- How Claude's text watermarking works \ Anthropic(Anthropic / 2026-08-14 / 参照 2026-08-18)
- How Claude marks AI-generated content | Anthropic Help Center(Claude Help Center / 参照 2026-08-18)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/94037901_01.pdf(文化審議会著作権分科会法制度小委員会 / 2024-03-15 / 参照 2026-08-18)
- AIと著作権について | 文化庁(文化庁 / 参照 2026-08-18)
※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 透かしの仕組みと著作権の考え方について記した事実は、上に挙げた資料によります。
この連載について
『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。
世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。
更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。
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