
四か所目は、峠道の三番目のカーブである。
場所の説明が難しい。峠の入口から数えて三番目、としか言いようがない。標識も、建物も、由来を示すものも何も無い。ただのカーブだ。ガードレールが少し古い。それだけである。
なぜ三番目だけなのかは、誰も知らない。一番目でも四番目でもなく、三番目。この不自然な具体性が、かえって信じられてきたのだと思う。
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夜十一時、行った。
何も起きなかった。
十分立って、写真を撮って、帰った。虫が鳴いていた。カーブの外側に立って下を見ると、市街の明かりが低いところに広がっていた。悪くない眺めだった。心霊スポットというより、単に見晴らしのいい場所である。
帰り道、ヘルメットの中で考えたのは、こういうことだった。
なぜ、三番目なのか。
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編集長に、四回目に書けと言われていたことがある。
一回目の取材のあと、俺はこんな説を話した。あそこは何かが出る場所ではなく、人が動けなくなる場所ではないか。動けなくなった人間が「何かいた」と言い出すのは順序として自然で、それを聞いた次の誰かが行って、また動けなくなって、また言う。いわくは、後から生える。
編集長は「四回目に書きなよ、それ」と言った。初回で結論を出すな、ということらしい。
四回目である。書く。
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この夏、四か所を回った。
旧・不動隧道では、何も起きなかった。俺は二十分動けなかったが、あれは節度である。沢井原のドライブイン跡では、虫が鳴いていた。峠道の三番目のカーブでは、市街の明かりがきれいだった。
どこにも、いわくは無かった。
事故も事件もない。市史を三時間めくっても一行も出てこない。宮ノ下バス停に至っては、六十年以上前から「立っている」と言われているのに、その理由を誰一人として説明できない。
それでも、四か所とも心霊スポットである。
誰かが最初にそう言い、聞いた誰かが行き、行った誰かがまた言う。理由は要らない。要らないから、誰も覚えていない。名前だけが、六十年ぶん残る。
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いちばん怖かった場所を書いておく。
企画に入っていなかった場所である。
二か所目へ向かう途中、工事の迂回で通っただけの旧道の、名前も知らないバス停。あそこで見たものが何だったのか、俺はいまでも草だったと思っている。思っているが、あれが四つのうちのどれよりも、後を引いた。
理由は分かっている。期待していなかったからだ。
心霊スポットへは、心の準備をして行く。準備をして行った場所では、何も起きない。準備のないところで、何かが起きる。
だとすると、心霊スポットというのは、何かが出る場所ではなく、人が身構える場所の別名かもしれない。
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ところで、来月号が出ると、飽留野の読者は宮ノ下バス停の話を読むことになる。
あそこは、これまで地元の人だけが知っている場所だった。それを俺が四ページに刷って、駅前のラックに置く。
あのカーブは曰く付きではない。
いまは、俺が言わくを付けた。
……四回ぶんの原稿料で、心霊スポットが一つ増えた。
※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
この連載について
『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。
世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。
更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。
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