
新潟で、祭りの事故があった。
八月二十四日の午後八時十五分過ぎ。阿賀野市中央町で、水原まつりの「ザ・灯籠来舞」の最中に、灯籠とアーケードの柱に挟まれる事故が起きた。
地元の男子高校生が亡くなった。十八歳だった。
ほかに二人が救急搬送されている。指を挟まれた人と、頭から出血した人。市は「詳細な事故原因については現在調査中」としており、実行委員会は原因究明に努めると表明している。同じ日に予定されていた花火大会は、延期になった。
俺は当事者ではない。飽留野から新潟までは遠い。以下は、遠くで記事を読んでいる男が引っかかったことである。
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引っかかったのは、五文字だった。
「伝統の祭で」
いくつかの記事に、そう出ていた。伝統的な灯籠、伝統行事。どれも間違ってはいないのだろうと思う。
思うのだが、それを書くと、何かが説明されたことになる——そういう働きが、この言葉にはある気がした。
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調べてみた。
水原の灯籠のぶつけ合いは、幕末か明治の初めごろからだという。大きな灯籠を若者が八人から十人で担いで、ぶつけあう。
囃し唄が深川の木遣り節に似ているので、江戸から伝わったものらしい、と書かれている。ただし——由来はわかっていない、ともはっきり書いてある。旧水原町が中心になって、代官所のある町を盛り上げようと始めたらしい、という推測があるだけだ。
百五十年ほど続いている。十分に古い。
ところが、その先を見て、少し止まった。
「水原まつり」は、今年で第四十九回である。
単純に引き算をすると、一九七八年ごろに始まったことになる。戦後の催しである。
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整理すると、こうなる。
- 灯籠をぶつけるという行為 … 幕末から。由来は不明
- 「水原まつり」という枠 … およそ五十年
古いのは動作のほうで、いまの形は新しい。
この二つは、続けて起きているぶん、外からは一つに見える。そして「伝統の」という枕詞は、その差を消してしまう。
便利な言葉だと思う。何年からなのかを、書かなくて済む。
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……と、ここまで書いて、手が止まった。
俺は人のことを言えない。
今月の頭、八王子まつりの紹介をウェブ版に書いた。一度も見たことがないまま、資料だけで書いた。見ていないものの紹介を書いた、と自分でも認めている。
そのとき調べたことを、いま思い出している。
八王子の山車の祭りには、三百年ほどの歴史がある。動作は古い。
だが「八王子まつり」という催しは、昭和三十六年に「三万人の夕涼み」という市民祭として始まり、昭和四十三年に改称されて、それまで七月と八月に別々だった二つの祭りが一つになったものである。
まったく同じ形だった。
古い動作と、新しい枠。どちらの祭りもそうで、たぶん多くの祭りがそうなのだと思う。
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俺はタウン誌で「伝統の」と何度書いただろうか。
数えたことはない。数えたくもない。商店街の催しにも、神社の行事にも、たぶん軽い気持ちで付けてきた。四百字の記事に、由来を調べて書く余裕はない。「伝統の」と入れておけば、収まりがよくなる。
収まりをよくするために、言葉を使っていた。
それが今回の事故と関係あるのかと言われれば、無い。何の関係もない。
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関係はないのだが、一つだけ思ったことがある。
「伝統の祭で」と書くと、そこで話が終わってしまう。
昔からやっていることだ、という顔になる。昔からやっているなら、今年もそうやるのだろう、となる。いつ、誰が、どういう形に決めたのか——そこを聞かなくてよくなる。
いま調べられているのは、まさにそこのはずである。
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言葉の話をしている場合ではない、という気もする。
人が一人、亡くなっている。十八歳だった。原因は調べている最中で、俺は何も知らない。知らないので、書かない。
ただ、あの五文字を見て最初に思ったのは、それで説明がついたことになるのだろうか、ということだった。
参照した記事
- 【報道発表】水原まつり「ザ・灯籠来舞」での事故について/阿賀野市(阿賀野市 / 参照 2026-08-26)
- 【速報】新潟・阿賀野市の水原まつりで灯籠とアーケードの柱に挟まれて18歳の男子高校生が死亡 2人がケガで救急搬送 | 新潟ニュース NST(新潟ニュースNST / 2026-08-24 / 参照 2026-08-26)
- 水原まつり - 新潟文化物語(新潟文化物語 / 参照 2026-08-26)
- 八王子まつり - Wikipedia(Wikipedia「八王子まつり」/ 参照 2026-08-26)
※この文章はフィクションです。語り手の中村悟は実在しません。 ただし、事故の経緯と祭りの歴史について記した事実は、上に挙げた資料によります。 事故の原因は本稿の時点で調査中であり、本文では触れていません。
この連載について
『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。
世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。
更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。
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