
「中村くん、苦情が来てる」
編集長がそう言ったとき、俺はキーボードの上で手を止めた。止めてから、指がまだ置かれたままなのに気づいて、膝に下ろした。
「……はい」
「あとで話すから」
それだけ言って、編集長は電話を取りに行った。
*
苦情が来ている、という一言には、独特の重さがある。
内容を聞かされるまでの数十分が、いちばん長い。何の記事か分からない。誰が怒っているのかも分からない。分からないから、こちらは自分の書いたもの全部を疑うことになる。先月号、先々月号、その前。取材した相手の顔が順番に浮かぶ。
俺はその数十分で、ずいぶん遠くまで考えた。
*
「マスゴミ」という言葉がある。
俺はこの言葉を使わない。乱暴だからだ。ひとつの職業に就いている数万人を、ゴミの一語で片づける言い方が、まともなわけがない。使う人の品位を疑うし、実際に現場で汗をかいている人間を知っていれば、そう簡単には出てこない言葉である。
と、ここまでが俺の立場だ。
ただし。
乱暴な言葉が世間に定着するには、それなりの年月と、それなりの理由がいる。
誤報が出る。訂正が載る。訂正は、元の記事の四分の一の大きさで、下のほうに載る。読んだ人は、たいてい元の記事しか覚えていない。それでも訂正は載せたことになる。
断定して、外して、黙る。切り取って、並べ替えて、意味を変える。取材相手が「そういう意味ではない」と言っても、活字になったほうが残る。
こういうことが、何十年ぶんも積み上がった先に、あの一語がある。言葉が乱暴なのと、言われる理由がないのとは、別のことだ。
*
では、俺はどうなのか。
うちは三人のタウン誌である。刷る部数は知れている。駅前のラックとスーパーの入口に置いてあって、持っていく人は持っていき、余ったぶんは月末に回収される。世の中を動かすようなものは、一行も書いていない。
だから許される、と言えるだろうか。
言えない。小さい嘘は、小さいままでは届かない。 読んだ一人の中では、大きい嘘と同じ大きさになる。部数が少ないというのは、書く側の言い訳であって、読む側には関係がない。
むしろ逆かもしれない。うちの記事に載った店は、それで客が来たり来なかったりする。名前を間違えられた人は、その号がラックから消えるまで、間違った名前で呼ばれる。規模が小さいほど、一人あたりの被害は濃い。
*
誠実である、とはどういうことか。
三つあると思う。
一つ。正確に書くこと。裏を取り、数字を確かめ、聞いた言葉を勝手に整えないこと。
二つ。間違えたら直すこと。これは一つ目より難しい。直すというのは、間違えたと認めることだからだ。
三つ。直したことを、間違えたのと同じ大きさで載せること。
三つ目がいちばん難しい。四分の一の訂正が世に溢れているのは、みんなこれが難しいと知っているからである。同じ大きさで載せるというのは、自分の失敗に、自分の記事と同じ面積を割くということだ。
俺にそれができるか。
*
ここで、いやな符合に気がついた。
この手記の一回目に、俺はこう書いている。歪んだまま書く。訂正はしない。
あれは手記の話だ。ここは俺の場所で、市の標語を掛詞だと言い張ろうが、山が夜を作っていると信じようが、誰も困らない。記事は街のものだが、手記は俺のものである。だから訂正しない。
——という言い分が、いま、自分でもうまく立たない。
同じ人間が書いている。片方で「訂正はしない」と宣言し、もう片方で「同じ大きさで訂正を載せるべきだ」と考えている。その二つが同じ頭の中にあることを、俺は今日まで一度も不思議に思わなかった。
何の記事だろう。菓子屋の専務の話か。市の標語か。それとも、この夏に四回もやった心霊スポットの記事か。
心霊スポットだとしたら、俺は書き方を誤ったかもしれない。あれは、いわくのない場所に、俺が四ページぶんの重さを与えた話である。誰かの家の近くかもしれない。夜中に人が来るようになったかもしれない。
考えれば考えるほど、心当たりが増えていく。
三十分ほど、俺はそうしていた。
*
「中村くん」
編集長が戻ってきた。俺は椅子ごと向き直った。たぶん、いい姿勢をしていたと思う。
「先月号の、街路灯の記事ね」
「……街路灯」
思い出すのに、二秒かかった。市が防犯のために市内の街路灯を順次交換している、という記事である。四百字。写真一枚。俺が書いた中でも、いちばん静かな部類の原稿だ。
「あれの見出し」
編集長は、手元のコピーを机に置いた。
「市内の街路灯、LSD化へ」
*
しばらく、何も言えなかった。
「……エルイーディー、ですよね」
「そう」
「一文字」
「一文字」
俺は自分の原稿ファイルを開いた。開く前から、たぶん分かっていた。俺の原稿の時点で、LSDだった。 誰の入力ミスでもない。俺が打って、俺が読み返して、俺が通した。
苦情の主は、七十代の男性だという。怒ってはいなかったそうだ。編集長によれば、電話の第一声はこうだった。
「あの、うちの前の電柱も、そのエルエスディーになるんでしょうか」
*
誠実さについて、俺は三十分考えた。
正確に書くこと。間違えたら直すこと。直したことを、同じ大きさで載せること。
その三つを、キーを一つ隣に打ち間違えた男が考えていた。
「訂正、次号に入れとくから」
編集長はそう言って、自分の席に戻った。同じ大きさで載せるかどうかは、聞かなかった。 聞かなくても、あの人は載せると思う。
*
街路灯は、予定どおり交換されるらしい。
明るくなるのはいいことだ。夜の旧道が全部明るくなったら、俺の夏の企画は成立しなくなるが、それは俺の都合である。
街路灯は、無事に点灯する。
こちらが、転倒した。
……この一行を書くために三十分考えたのだとしたら、割に合わない。
※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
この連載について
『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。
世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。
更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。
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