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天声人誤 第27回 百九十八年

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 番付が発表された。

 九月十三日が初日の秋場所である。編集部で新聞を広げていたら、見出しに数字が出ていた。

 京都府出身の新三役は、百九十八年ぶり。

 二十一歳の藤ノ川という力士が、新関脇に昇進したという。

 百九十八年。

 俺は電卓を出した。二〇二六から百九十八を引くと、一八二八年になる。文政十一年。江戸時代である。前に上がったのは緋縅という力士で、その年の十月場所だそうだ。

 「京都に相撲取り、おらんかったんかい」

 声が出た。編集部で。デザイナーはもう慣れたのか、顔も上げなかった。

 言ってから、少し考えた。

 百九十八年、誰もいなかったわけではない。

 京都から力士は出ている。ただ、三役——関脇・小結より上——に届いた人が、この二百年近くいなかった、という話である。何人が上がろうとして、届かなかったのか。その数は、見出しには書かれていない。

 「百九十八年ぶり」という言葉は、その間の全員を、一行で飛び越えていく。

 この藤ノ川という力士の記事を読んでいて、もう一つ引っかかった。

 しこ名のほうにも、歴史がある。

 「藤ノ川」という名前は、百四十九年続いているのだという。彼は先場所までは別の名で取っていて、去年の名古屋場所、新入幕を機にこの名に変えた。

 そして、この名前で三役に上がるのは、二代目、四代目に次いで三人目になる。

 ……ここで俺は、頭がこんがらがった。

 人が上がったのか、名前が上がったのか。

 整理してみる。

  • 京都府としては … 百九十八年ぶり
  • 藤ノ川という名前としては … 三人目
  • 本人としては … 初めて

 同じ一つの昇進が、数え方を変えると三通りに見える。どれも本当のことである。

 そして、いちばん短いのが本人の話である。

 しこ名というのは、妙な仕組みだと思う。

 名前が先にあって、人が後から入る。入った人が抜けても、名前は残る。次の人が入る。百四十九年ぶん、それが続いている。

 旅館の襲名や、歌舞伎の名跡と同じ理屈なのだろう。俺のような借家住まいには縁のない話である。

 ちなみに、四代目は「牛若丸」と呼ばれた人で、いまの藤ノ川に助言をしているのだという。

 名前の先輩が、名前の後輩に教えている。

 ところで、俺の名前には歴史がない。

 中村悟。何代目でもない。父も母も中村だっただけである。悟という字を選んだ理由は聞いたことがあるが、忘れた。たぶん大した理由ではなかった。

 二百年後に「飽留野市から百九十八年ぶりの何とか」が出るとして、そこに俺の名前は入らない。入らないほうが平和である。

 入る名前には、その重さが乗る。二十一歳が背負うには、百四十九年は長い。

 初土俵から二十二場所での三役だそうだ。歴代十位の速さだという。

 先場所は東前頭筆頭で八勝七敗。二人の横綱から二日続けて金星を挙げて、殊勲賞を取っている。

 二十一歳である。俺がその年のころ、何をしていたか。どこにも入れず、就職の相談窓口で番号札を握っていた。

 比べる話ではない。分かっているが、つい比べた。

 秋場所は九月十三日から。

 百九十八年ぶりの京都と、百四十九年目の藤ノ川と、二十一年目の本人が、いっぺんに土俵に上がる。

 背負うものが多い。

 まあ、力士やから持てるんやろけど。

 ……いや、そういう重さの話やないな。

参照した記事

※この文章はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 番付と記録について記した事実は、上に挙げた記事によります。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

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