YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第3話:金曜日の共犯者

金曜日の夕暮れ時、街全体のIQが数ポイント低下しているような気がする。
 道行く人々の顔から「論理」や「責任感」といった重い装甲が剥がれ落ち、代わりに「解放」と「空腹」という根源的な欲求が、剥き出しのまま街を闊歩している。一週間を生き延びた報酬として、誰もが自分を甘やかす正当な権利を主張しているようだ。

 僕もその一人だ。今夜は自炊という高尚な義務を放棄し、商店街の精肉店でコロッケを買うことに決めていた。
 ここのコロッケは、一個からでも揚げたてを売ってくれる。黄金色の衣に包まれたそれは、金曜日における最も安価で、最も強力な救済だ。
 店の前で透子と待ち合わせた。彼女は仕事終わりの鋭い気配を纏い、ヒールを鳴らしてやってくるなり、「湊くん、二個。いや、三個。今日は三個の気分」と、戦地に赴く将軍のような口調で命じた。

「お疲れさん、お兄さん。今日はおまけでもう一個入れといたよ」
 店のおばちゃんが、茶色の紙袋に熱々のコロッケを放り込んでくれた。計算外の「おまけ」ほど、この世に平和をもたらすものはない。
 僕たちは図書室への帰り道、ハフハフと白い湯気を立てながら、歩き出しでコロッケを頬張った。

「……湊くん、知ってる? コロッケを歩きながら食べている間、人間は悩み事の六割を忘れるっていう研究結果があるのよ」
「それ、今さっき思いついた理論だよね」
「当たり前じゃない。でも、実際そうでしょ? 今、私たちが抱えてる将来への不安とか、社会の不条理とか、このサクサクした食感の前では、全部『後回しでいいこと』に格下げされるの」
 彼女は口の端に衣をつけたまま、不敵に笑った。

 ソースの香ばしい匂いが、春の夜の風に混ざる。
 もしも今、世界を救うためにレバーを引くか、このコロッケの最後の一口を守るかという究極の選択を迫られたら、僕は一秒だけ、本当に一秒だけ迷ってしまうかもしれない。
 そんな自分を「不謹慎だな」と自嘲しながら、隣で「明日も休みだ、最高!」と小声で万歳をしている彼女を見て、まあ、いいか、と思う。

 金曜日の夜くらい、正しさや論理に勝利を譲る必要はない。
 美味しいものは、思考を止める。そしてその「停止」こそが、明日を生きるための唯一のガソリンになることもあるのだ。
 紙袋に残った油染みさえ、今はなんだか、誇らしげな勲章のように見えた。


湊の金曜レシピ:一週間の疲れを溶かす「ほくほくポテトコロッケ」

揚げたてのコロッケは、どんな高級料理にも負けない幸福感があります。
シンプルだからこそ、素材の良さと揚げたての熱が心に染みるのです。

【材料】(4個分) * じゃがいも … 3個(中サイズ) * 合い挽き肉 … 100g * 玉ねぎ … 1/2個(みじん切り) * 塩・胡椒 … 適量 * ナツメグ … 少々(あれば) * 小麦粉、溶き卵、パン粉 … 各適量 * 揚げ油 … 適量 * ウスターソース … お好みで

【作り方】 1. じゃがいもは皮をむいて4等分に切り、柔らかくなるまで茹でる。 2. フライパンで挽き肉と玉ねぎを炒め、塩・胡椒で味付けする。 3. 茹でたじゃがいもをマッシャーで潰し、炒めた肉と玉ねぎを混ぜる。ナツメグを加えて香りをつける。 4. 粗熱が取れたら4等分にして俵型に成形し、小麦粉→溶き卵→パン粉の順につける。 5. 170℃の油でキツネ色になるまで揚げる(約4分)。 6. 油を切って熱いうちに食べる。ウスターソースをかけても美味。

【湊のひと言】 「コロッケは冷めると悲しい食べ物になります。揚げたての、衣がサクッと鳴る瞬間を逃さないでください。一週間頑張った自分へのご褒美に、ぜひ」