土曜日の図書室は、時間が沸騰したての湯のようにゆっくりと、しかし確実に蒸発していく。
平日のような「目的」を持った利用者は少ない。皆、何かに追われるように本を探すのではなく、ただそこにある静寂を自分の体温で温めるためにやってくる。
お昼過ぎ、窓際から差し込む春の光の中に、無数の埃が舞っているのが見えた。
掃除が行き届いていないと言われればそれまでだが、光に照らされたそれは、まるで目に見えない妖精たちが気まぐれに踊っているようにも見える。僕はカウンターに頬杖をつき、その不規則な軌道をぼんやりと眺めていた。
「湊くん、そんなに真剣に何を見てるの? 新種の微生物でも発見した?」
ソファの端で、図鑑を枕にして本格的に寝入っていたはずの透子が、片目だけを開けてこちらを見ていた。
「いや、埃が光っているなと思って。彼らには重力がないみたいだ。あんなに自由に、理由もなく踊っていられるのは、世界で彼らだけかもしれない」
「……それ、図書室の管理人が言うセリフじゃないよね。普通は『あ、掃除しなきゃ』でしょ」
透子はあきれたように体を起こし、乱れた髪を指で整えた。彼女は土曜日になると、平日の「デキる女」のオーラをどこか遠くへ脱ぎ捨ててくるらしい。
「でも、掃除をして埃を消してしまったら、この光の筋も見えなくなる。美しいものを見つけるためには、少しの不潔さや無駄が必要なんじゃないかな」
「はいはい。屁理屈を言わないで。私はその『無駄な光』のおかげで、三時間も泥のように眠れたわ。おかげで頭の中のキャッシュがクリアされた感じ」
彼女は大きく伸びをして、僕の隣まで歩いてきた。そして、僕が見つめていた光のダンスを数秒間だけ一緒に眺め、ふっと息を吹きかけた。
舞い上がった埃たちが、さらに激しく、不規則に火花のように散る。
「意味がないことに意味を見つけるのは、湊くんの特技だけど。たまには『ただ、そこに光がある』だけで満足してみたら?」
透子の言葉は、時に僕の思考の迷路に投げ込まれる直球だ。
僕は黙って頷き、再び静かになった空気を見つめた。土曜日の午後。何も生み出さず、何も解決しない。けれど、この空っぽの時間こそが、僕たちを「人間」に引き留めてくれているような気がした。