月曜日の朝。空は、誰かがバケツの水をひっくり返したような、中途半端に湿った灰色をしていた。
予報通りの小雨。駅へ続く道では、歩行者たちが一斉にビニール傘を開く。その光景は、まるで決まった制服を着用するかのように整然としていて、少しだけ不気味だ。
僕はあえて、傘を差さずに歩くことにした。
これくらいの雨なら、肌に当たる水の粒子が冷たくて心地いい。自分が今、この社会という巨大な歯車の一部としてではなく、ただの「一個の生物」としてここに存在していることを、微かな湿り気が教えてくれるからだ。
ところが、周囲の視線は冷たかった。
傘を差した人々は、僕とすれ違う際、明らかに「可哀想な人」を見るような目、あるいは「常識のない危険人物」を警戒するような目を向けてくる。
「雨が降ったら傘を差す」。
それはあまりにも当たり前のルールだ。けれど、そのルールに従わない自由さえも、この街では少しずつ削り取られている気がする。誰もが「普通」という名の透明な檻に入り、そこから出ようとする者を静かに排除しようとしている。
図書室に着き、タオルで頭を拭いていると、透子からメッセージが届いた。
『湊くん、さっき駅前で傘も差さずに歩いてるの見たよ。風邪引くよ? それとも、また何か哲学的な抵抗でもしてた?』
彼女にはお見通しだ。僕は『ただ、少し濡れたかっただけだよ』と返信した。
『変なの。みんなが傘を差してるのは、濡れたくないからじゃなくて、濡れている自分が「浮いている」のが嫌だからだよ。湊くんは、浮くのが怖くないの?』
透子の言葉は、僕の胸の奥を鋭く突いた。
浮くのが怖くないわけではない。ただ、みんなと同じ色に染まることで、自分が見えなくなってしまうことの方が、僕にとってはもっと恐ろしいのだ。
午前中の図書室は、雨の匂いが充満していた。
窓の外では、まだたくさんのビニール傘が、同じ角度で、同じ速さで流れていく。僕は濡れたタオルの重みを感じながら、自分の中にある「小さな反抗心」を、誰にも気づかれないように静かに肯定した。