土曜日の午後。図書室を包む空気は、平日のそれよりもずっと粒子が荒くて、温かい。
窓際の一人掛けソファでは、透子が大きな図鑑を膝に乗せたまま、気持ちよさそうに船を漕いでいる。彼女は土曜日になると、決まってこの図書室に「眠り」にやってくる。
「……湊くん、寝てないよ。文字の奥にある真理を、まぶたの裏で反芻(はんすう)してただけ」
三十分ほど沈黙していた彼女が、薄目を開けて苦しい言い訳を口にした。その頬には、図鑑の表紙の角が当たっていたのか、うっすらと赤い跡がついている。
「その反芻、ずいぶんと規則正しい寝息が混ざっていたみたいだけど」
「それは、知性の呼吸。……ああ、土曜日ってどうしてこんなに、脳みそがプリンみたいに柔らかくなっちゃうんだろうね」
彼女は大きく伸びをして、僕がカウンターで整理していた古い雑誌を指差した。
「ねえ、湊くん。何もしないことに対して、どうして人間は罪悪感を持っちゃうんだろう。私は今日、朝からトーストを食べて、ここまで歩いてきて、今寝ただけ。生産性、ゼロよ」
「生産性という言葉が、僕たちを追い詰めすぎているのかもしれないね。呼吸をしているだけで、僕たちは酸素を二酸化炭素に変えるという仕事を立派にこなしているのに」
「そんなスケールの大きな慰め、初めて聞いたわ」
彼女はクスッと笑い、ソファの背もたれに深く体を沈めた。
何もしないこと。それは、自分という存在を、誰の役にも立たない「ただの物体」として肯定する作業だ。
効率や利益を求められる平日の反動として、土曜日の僕たちは、埃(ほこり)や影と同じように、ただそこに在るだけの権利を行使している。
透子は再び目を閉じ、今度は言い訳もせずに深い眠りへと落ちていった。
僕は彼女の頬についた赤い跡を見ながら、もう少しだけ、この「生産性ゼロ」の平和な時間を守り続けようと決めた。