月曜日の朝、駅のホームは一種の修行の場と化す。
電車が到着するたび、ドアの隙間から吐き出される熱気と、吸い込まれていく無表情な群れ。誰もがスマートフォンという名の「盾」を顔の前に掲げ、周囲との接触を遮断している。
僕の前に立っているサラリーマンが、不意に深く、重い溜息をついた。
その溜息は、満員電車の騒音を切り裂いて、僕の鼓膜にダイレクトに届いた。それは「仕事に行きたくない」という単純な感情を超えて、もっと根源的な、自分の人生がどこへ向かっているのか分からないという、静かな絶望の色をしていた。
ふと見ると、電車のドアに貼られたステッカーが目に留まる。『効率的な移動で、豊かな人生を』。
この窒息しそうな空間のどこに、豊かさの欠片(かけら)があるのだろう。
図書室に到着し、いつものように鍵を開けると、少しだけホッとした。
ここでは時間は定刻通りには流れない。一ページめくるのに一分かける人もいれば、一時間かける人もいる。
「湊さん、おはよう。今週も始まったね。……なんだか外は、ピリピリしてるみたいだけど」
一番乗りにやってきた、常連の大学生が苦笑いしながら言った。
「そうですね。みんな、自分の『余白』を削って、何かの隙間に自分を押し込もうとしているみたいです」
効率を求めることは、無駄を省くことだ。
けれど、その「無駄」の中にこそ、僕たちの人間らしさが隠れているのではないか。
僕は自分のデスクにある古い砂時計をひっくり返した。
さらさらと落ちる砂の粒を見つめながら、せめてこの図書室の中にいる間だけでも、皆が「定刻」から解放されることを願わずにはいられなかった。