YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第16話:誰のための「ゴミ箱」

図書室の裏にある小さな公園から、ある日突然、ゴミ箱が撤去された。
 代わりに立てられた看板には、『ゴミの持ち帰りにご協力ください。綺麗な街づくりを』という、もっともらしい言葉が躍っている。

 その結果、どうなったか。
 ゴミ箱があった場所の周辺に、行き場を失った空き缶やコンビニの袋が、まるで静かな抗議活動のように積み上げられるようになったのだ。
「綺麗な街を作るために、ゴミ箱を失くす。……これって、臭いものに蓋(ふた)をして、見えなくしているだけだよね」
 夕方、様子を見に来た僕に、常連の高校生が苦笑いしながら言った。

 僕たちは「不都合なもの」を視界から消すことで、問題が解決したと錯覚しがちだ。
 ゴミ箱がなければゴミは捨てられないはずだ、という理屈は正しい。けれど、人間にはどうしてもゴミが出てしまう瞬間がある。その「余分なもの」を受け入れる包容力を失った街は、一見清潔に見えても、どこか息苦しい。

 夜、その話を透子にすると、彼女はパソコンから目を離さずにこう言った。
「企業のコンプライアンスも同じだよ。不祥事が起きないようにガチガチにルールを固めて、はみ出した人間を即座に排除する。ゴミ箱を撤去するみたいにね。でも、そうやって排除された『ゴミ』は、結局どこか見えない場所で腐っていくだけなのに」
「透子の会社も、ゴミ箱を撤去してる最中なの?」
 僕が冗談めかして聞くと、彼女は一瞬だけタイピングする手を止めた。
「……うちはね、ゴミ箱を隠すのが上手なだけ。ゴミそのものを消したことにして、綺麗なパンフレットを作るのが仕事だもん」

 彼女の言葉は、自嘲気味で冷たかった。
 排除することで保たれる清潔さと、汚れを受け入れることで保たれる健全さ。
 天秤にかけるまでもなく、今の世界は前者を選び続けている。
 翌朝、僕は公園の隅に落ちていたペットボトルを拾い、図書室の自分用のゴミ箱に捨てた。それは焼け石に水のような行為だったけれど、そうせずにはいられなかったのだ。