YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第17話:一番搾りの魔法

金曜日の午後八時。図書室の閉館準備を終える頃には、街の空気は完全に「祝祭」のそれに切り替わっている。
 一週間、自分を殺して組織の歯車になりきっていた人々が、一斉に「自分」を取り戻しにいく時間だ。

「湊くん、開けて。今すぐ、冷たいやつを」
 透子が駆け込んできた。彼女はカバンを床に放り出し、僕が用意しておいた缶ビールのプルタブを迷わず引き抜いた。
 プシュッ。
 この世で最も心地よい、解放のファンファーレ。

「……くぅぅぅ! この一口目のために、私は月曜日から生きてきたのよ」
 彼女は喉を鳴らしてビールを流し込み、幸せそうに目を細めた。
「大げさだなぁ。ビール一口で人生の全てが報われるなら、安いものだよ」
「安くないわよ。この一口にたどり着くまでに、どれだけの嫌味を飲み込み、どれだけの理不尽に頭を下げたと思ってるの? これはただの麦酒(ばくしゅ)じゃないの。私の『忍耐の等価交換』なのよ」

 彼女はソファに深く沈み込み、ようやく赤いヒールを脱ぎ捨てた。
 金曜日の夜、僕たちはこうして「魔法」を必要とする。
 美味しい食べ物や、冷たい飲み物。それらは、摩耗した心を一時的にコーティングしてくれる。
 僕はキッチンへ行き、彼女のために厚切りのベーコンを焼き始めた。パチパチと脂が弾ける音が、沈黙の中に心地よく響く。

「ねえ、湊くん。もしもこの世に美味しいものがなかったら、人間はとっくに絶滅してたと思わない?」
「そうだね。正論や義務感だけで生きていけるほど、人間は頑丈にできていないからね」
 焼き上がったベーコンに黒胡椒をたっぷり振って、彼女の前に置く。
 彼女はそれを一口食べ、今日一番の笑顔を見せた。
 八本の歯を見せる「戦闘用の笑顔」ではない、少しだけ子供のような、緩みきった笑顔。
 僕はその笑顔を見て、ようやく自分の一週間も、静かに幕を閉じたのだと感じた。


湊の金曜レシピ:忍耐の等価交換「厚切りベーコンのガーリックペッパー焼き」

冷たいビールの最高の相棒。
シンプルながら、一週間の我慢を報いてくれる、金曜日の魔法の一品。

【材料】(1〜2人分) * 厚切りベーコン(ブロック) … 150〜200g * にんにく … 1片(薄切り) * オリーブオイル … 小さじ1 * 黒胡椒(粗挽き) … たっぷり * お好みでレモン … 1/8個

【作り方】 1. 厚切りベーコンを1cm幅にカットする。 2. フライパンにオリーブオイルとにんにくを入れ、弱火で香りを出す。 3. にんにくが色づいたら取り出し、ベーコンを並べる。 4. 中火で片面3分ずつ、こんがりと焼き色がつくまで焼く。 5. 器に盛り、黒胡椒をたっぷり振りかける。にんにくチップも添える。 6. お好みでレモンを絞って完成。

【湊のひと言】 「ベーコンの脂がパチパチと弾ける音は、一週間の緊張が解ける音です。よく冷えたビールと一緒に、今週の自分を労ってあげてください」