YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第18話:地図のない散歩

土曜日の午前中。僕たちは、スマートフォンの地図アプリをあえて開かずに家を出た。
 目的地を決めない散歩。それは、効率化を至上命令とする現代社会において、最も贅沢で、かつ最も「無能」な時間の使い方だ。

「ねえ、湊くん。この角を右に曲がったら、何があると思う?」
 透子が、スニーカーのかかとを鳴らしながら聞いてきた。今日の彼女は、あの赤いヒールをどこか遠い銀河に捨ててきたような、幼い顔をしている。
「たぶん、見たこともない自販機か、手入れの行き届いた植木鉢のある家かな。あるいは、完全に行き止まりかもしれない」
「行き止まりだったら、笑っちゃうね。人生、引き返すのが一番体力使うんだから」

 僕たちは、知らない路地裏を気の向くままに歩いた。
 途中で、錆びついた看板の駄菓子屋を見つけたり、生垣から顔を出した三毛猫と数分間見つめ合ったりした。地図アプリを開けば、最短ルートも、評判の良いカフェもすぐに分かる。けれど、目的地が確定した瞬間に、道中の景色はただの「通過点」に成り下がってしまう。

「……湊くん。私さ、仕事では一分単位でスケジュールを埋めてるじゃない? だから、こうやって『どこにも辿り着かなくていい時間』があると、自分が透明な水になったみたいで、ちょっと怖いけど、気持ちいい」
 彼女は、古い公園のベンチに座り、空を見上げた。
「目的地がないことは、迷子になることじゃない。どこへでも行けるってことだよ」
「哲学的なこと言ってるけど、実は湊くんも道に迷ってるだけでしょ?」
「……バレた? さっきの角、左だったかもしれない」

 僕たちは顔を見合わせて笑った。
 迷うことを楽しめるのは、隣に信頼できる誰かがいるからだ。
 効率的な人生には、きっと「正解」しかない。けれど、迷い込んだ路地裏で見つけた、名もなき花の美しさを語り合えるのは、道に迷った者だけに与えられた特権なのだ。
 僕たちは再び歩き出した。青空の下、どこへ続くか分からない道を、ただ一歩ずつ。