木曜日の朝、駅のホームで電車を待っていると、自分が「透明」になったような感覚に陥ることがある。
何百人という人間が同じ場所に立ち、同じ方向を見ているのに、誰一人として隣の人間と視線を合わせない。僕たちは、互いを「人間」としてではなく、単なる「移動を妨げる障害物」か「空間を埋める記号」として処理している。
列に並んでいる最中、僕の隣にいた青年が、スマートフォンを落とした。
画面がコンクリートに叩きつけられ、鋭い音が響く。けれど、周囲の誰も、僕以外は顔を上げようとしなかった。青年は、壊れた画面を拾い上げ、何事もなかったかのように再び指を動かし始めた。その動作の無機質さに、僕は微かな恐怖を感じた。
「湊さん、最近、図書室が静かすぎませんか?」
午後、常連の老婦人がカウンターでポツリと言った。
「静かなのは、良いことだと思っていましたが」
「ええ。でもね、今の静かさは『沈黙』じゃなくて『不在』なのよ。みんなここに座っているけれど、心はどこか遠くの、画面の中の場所にいるみたい」
不在。その言葉が、僕の胸にすとんと落ちた。
肉体だけがそこにあり、精神はネットワークの海を漂っている。
僕たちは、自分自身の人生においても、時折「不在」になっているのではないか。
夜、透子にその話をしようとしたが、彼女はヘッドセットをつけてオンライン会議の真っ最中だった。彼女の肉体は目の前のソファにあるのに、彼女の意識は、数百キロ離れた場所にある「プロジェクト」に飲み込まれている。
僕は一人、台所で静かにお茶を淹れた。
誰にも見られていない自分。誰とも繋がっていない時間。
その孤独こそが、自分がここに存在していることを証明する唯一の手がかりのように思えて、僕は少しだけ長く、熱い湯気の香りを吸い込んだ。
窓の外、交差点の信号が赤に変わる。
けれど、誰もそれを見ていない。みんな画面を見つめたまま、信号の存在すら気づかずに歩いている。
僕だけが、この赤い光を見つめている。透明な列の中で、ただ一人。