四月の最後の月曜日。街の空気には、微かな「綻(ほころ)び」が見え始めていた。
月初めのあの凛とした緊張感は影を潜め、代わりに、重苦しい倦怠感が人々の背中に張り付いている。駅のホームで電車を待つ人々も、どこか足取りが重く、視線は地面を這っている。
「湊くん、私、もう限界かも」
朝、メイクを終えた透子が、鏡に向かったまま動かなくなった。
「まだ四月だよ。五月病には少し早いんじゃないかな」
「四月だからこそよ。新しい環境に自分を合わせようとして、全力で走り続けて、ふと気づいたら、燃料が空っぽになってた。……もう、笑い方が分からなくなっちゃった」
彼女の言葉は、単なる愚痴ではなく、もっと深い断絶を感じさせた。
第1の糸、彼女の仕事。その重圧が、いよいよ彼女の精神の防波堤を越えようとしている。
図書室に出勤しても、僕の心は落ち着かなかった。返却ポストを確認すると、またあの付箋が貼られた本があった。
『走り続けることに意味があるのか。止まることに勇気がいるのか。あなたは今、どちらの側にいますか?』
まるで、僕と透子の現状を見透かしているような問いかけだ。
僕たちは「頑張ること」を美徳として教えられてきた。けれど、限界を超えて走り続けることは、自分という存在を破壊する行為でもある。
夜、帰宅した透子は、食事も取らずにベッドに倒れ込んだ。
「……湊くん。明日、会社に行きたくないって言ったら、笑う?」
「笑わないよ。それは、心が発している正しいアラートだと思うから」
僕は彼女の背中を静かにさすった。
四月の終わり。新生活という名の高揚感が去った後に残る、冷たくて重い現実。
僕たちは、自分を騙し続けるための魔法を、もう使い果たしてしまったのかもしれない。