火曜日の朝、図書室の入り口の隙間に、一輪の黄色い小さな花が咲いているのを見つけた。
コンクリートの割れ目から力強く茎を伸ばし、春の日差しを精一杯浴びている。図鑑で調べれば名前はあるのだろうが、通り過ぎる人々にとっては、ただの「雑草」でしかない。
「湊さん、これ、抜いちゃいましょうか? 建物が古く見えちゃいますし」
再開発計画の事前調査に来たという、スーツ姿の男が僕に声をかけた。彼の目には、その花は「排除すべきノイズ」として映っているようだった。
「いえ、そのままにしておいてください。この場所を選んで咲いたんですから、見守ってあげたいんです」
男は怪訝そうな顔をして、「……そうですか。まあ、管理人がそう言うなら」と、メモ帳に何かを書き込んで去っていった。
夜、その話を透子にすると、彼女は意外にも僕の味方をした。
「……雑草か。私も、会社では雑草みたいなものだよ。石ころを退けて、必死に光を求めてるけど、上からは簡単に踏み潰されちゃう存在」
「でも透子、雑草は踏まれても強いよ。それに、誰が決めたわけでもない場所に自分だけの居場所を作る姿は、エリートの温室育ちの花より、ずっと美しいと思う」
「湊くん、それ褒めてるつもり? 私は温室で、名前のあるバラとして生きたかったわよ」
彼女はそう言って、少しだけ微笑んだ。
「でも、あのコンクリートの花……明日、私も見に行ってもいい? 自分だけじゃないって、思いたいから」
翌朝、彼女は会社へ行く前に、本当にその花の前で立ち止まった。
屈み込んで、小さな花びらに指先で触れる。その時の彼女の顔は、四月の中で一番穏やかだった。
名前があろうとなかろうと、役に立とうと立つまいと、命はただそこに在るだけで、誰かを救うことがある。
雑草という名前の生命に、僕たちは自らの尊厳を重ね合わせていた。