昭和の日。祝日の街は、どことなく浮き足立った懐かしさに包まれている。
商店街のスピーカーからは、古い流行歌が流れ、お年寄りたちがいつもより少しだけ元気に歩いている。
「湊くん。昭和って、どんな時代だったのかな。今みたいにスマホもなくて、効率も悪くて、不便だったんでしょ?」
透子が、近所の古い喫茶店でメロンソーダを飲みながら聞いた。この店は、昭和から時間が止まっているような場所だ。
「不便だったかもしれないけれど、その分『待つ楽しみ』や『想像する余地』があったんじゃないかな。返事のない手紙を待つ数日間とか、地図を広げて目的地を探す苦労とか」
現代の僕たちは、全てを瞬時に手に入れることができる。けれど、その代わりに、何かが熟成されるのを待つ豊かな時間を失ってしまった。
喫茶店の壁には、色褪せたポスターが貼られている。そこに写る人々は、皆、未来が今よりも良くなると信じているような、根拠のない希望を瞳に宿していた。
「……根拠のない希望、か。今の私たちが一番持ってないものね」
透子がストローで氷を鳴らした。
「今は、データと予測が未来を塗り潰しちゃってる。昭和の人は、不便だったからこそ、自分の手で明日を作ってる感覚があったのかも」
再開発が進むこの街において、昭和の残像は少しずつ消え去ろうとしている。
便利になることは、確かに喜ばしい。けれど、便利さと引き換えに僕たちが捨ててきた「不自由な幸福」を、時折こうして懐かしむのは、今の生活がどこか空虚だからではないだろうか。
店を出ると、夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。
昭和の時代も、きっと同じ色の夕焼けを、人々は眺めていたはずだ。その時、彼らの心には、どんな「水曜日」が流れていたのだろう。