YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第35話:屋根の上の鯉と、子供の目

こどもの日。住宅街を歩くと、時折、ベランダや庭先で泳ぐ鯉のぼりを見かける。
 かつてのような巨大なものは減り、今は手頃なサイズのものが多いけれど、風を孕(はら)んで空を泳ぐ姿には、時代を超えた力強さがある。

「……ねえ、湊くん。あの鯉たち、実は苦しいと思ってるんじゃないかな」
 昼食を買いに出る道すがら、透子がふと空を見上げて呟いた。
「苦しい? 空を泳いでいるのに?」
「だって、尾っぽを紐で縛られて、同じ場所をぐるぐる回るだけじゃない。本当の川を知らないまま、子供の健やかな成長を願う象徴にされて。……なんだか、大人の期待を一身に背負わされた子供みたい」

 彼女の言葉は、祝日の明るい空気に冷たい影を落とした。
 子供たちの未来。それは、僕たちが今作っている社会の延長線上にある。
 再開発が進み、古い建物や公園が消え、あらゆるものが効率と数字で評価される街。僕たちは胸を張って、この世界を「健やかな場所」として彼らに引き継げるだろうか。

「湊さん、これ、あげる。図書室の前に落ちてたから」
 午後、図書室の入り口で、小さな子供が僕の手の中に一輪のシロツメクサを押し込めてきた。
 それはまだ根のついた、土の匂いのする小さな命だった。
「……ありがとう。大切にするね」
 子供の真っ直ぐな瞳に見つめられ、僕は自分の不甲斐なさを自覚する。

 将来への不安や、社会への不満を語ることは簡単だ。
 けれど、この小さな手が握る未来を守るために、僕は今日、何ができるだろう。
 僕は子供がくれたシロツメクサを、カウンターの小さな瓶に挿した。
 紐で縛られた鯉のぼりが見上げる空よりも、もっと広くて、自由な景色を彼らに見せてあげたい。
 信号が青になった時、子供たちが迷わずに、自分の足で踏み出せるような世界であってほしい。そう強く願わずにいられない一日だった。