YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第40話:日曜日の夜、明日の体温

日曜日の夜、八時を過ぎる頃から、街の空気は急激に重くなっていく。
 明日から始まる「戦い」に備えて、人々がそれぞれの鎧(よろい)をクローゼットから取り出し、精神の防波堤を高く築き始める時間だ。

 SNSを覗けば、また「週末をいかに有意義に過ごしたか」という報告が溢れている。けれど、その華やかな写真の裏側に、明日への不安を隠している人がどれだけいるだろう。
「湊くん、明日の準備、終わった?」
 キッチンで翌朝のパンを焼いていた僕に、透子が声をかけてきた。彼女は既に、パリッとアイロンのかかったシャツをハンガーに掛けている。

「準備、と言えるほどのものはないよ。ただ、月曜日を月曜日として受け入れる覚悟を決めるだけだ」
「覚悟、か。私はね、月曜日を『別の誰かになる日』だと思ってる。透子っていう、仕事ができる、物分かりの良い、笑顔の絶えないサイボーグに変身する日」
「サイボーグ、ね。本物の透子は、どこへ行くの?」
「心の一番奥の、鍵をかけた部屋に隠しておくの。そうしないと、あんな殺伐とした場所で、剥き出しの心なんて守りきれないもの」

 彼女はそう言って、僕が焼いたパンの香りを深く吸い込んだ。
「でも、日曜日の夜にこうして湊くんのパンの匂いを嗅いでいる時だけは、私は私のままでいられる。……これがあるから、明日も変身できるのかもしれないね」

 信号が青になる直前の、あの静かな緊張感。
 僕たちは、明日という嵐に向かって、それぞれの帆を張る。
 窓の外では、月が静かに街を見下ろしていた。
 明日が誰にとっても、自分を完全に失わない程度に「優しい月曜日」であることを、僕は密かに祈った。