YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第41話:スーツを着た足音(白の糸)

月曜日の昼下がり。図書室の入り口に、見慣れない「硬い足音」が響いた。
 やってきたのは、三ピースのスーツを隙なく着こなした、四十代半ばほどの男性だった。彼は、本を探す風でもなく、館内を値踏みするような鋭い視線でぐるりと見渡した。

「失礼。ここの責任者の湊さんですね?」
 彼は差し出した名刺に、再開発を手がける大手デベロッパーの名前が刻まれていた。
「……はい。何か御用でしょうか」
「いえ、挨拶ですよ。この地区の再編計画がいよいよ本格始動しましてね。ここは、地域のコミュニティ拠点としての役割を期待されていますが……いかんせん、建物が古すぎる。耐震性や効率性を考えれば、新しく建て替えるのが最善の選択であることは、あなたもご理解いただけるはずだ」

 彼の言葉は、丁寧だが、反論を許さない冷たさを含んでいた。
 「効率」という言葉。それは、この図書室が最も大切にしてきた「無駄」や「余白」を、一瞬で無価値なものへと塗り替えてしまう力を持っている。
「ここには、この建物だからこそ宿っている空気があるんです。新しくすればいいというものではありません」
 僕の精一杯の抵抗を、彼は鼻で笑うように受け流した。
「空気、ですか。それは数字にはなりませんね。……まあ、また具体的な話を相談に来ますよ。住民の皆さんの納得も必要ですから」

 彼が去った後、図書室の空気は、まるで冷たい水を浴びせられたように凍りついていた。
 夜、帰宅した透子にその話をすると、彼女はいつになく真剣な顔で僕を見た。
「湊くん、ついに来たわね。……あいつら、一度狙いを定めたら絶対に引き下がらないわよ。向こうは『全体の利益』っていう、最強の盾を持ってるんだから」

 全体の利益。そのために、個人のささやかな居場所を切り捨てる。
 それは、まさに現代という巨大なトロッコ問題だった。
 僕は自分のデスクにある古い蔵書印を、ぎゅっと握りしめた。