YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第42話:『吾輩』たちの居場所(赤の糸)

火曜日の朝。返却ポストに、夏目漱石の『吾輩は猫である』が入っていた。
 期待半分、不安半分でページをめくると、案の定、あのピンク色の付箋が貼られていた。場所は、猫が人間の滑稽さを観察して冷笑する場面だ。

『「人間は己(おの)れが作り出した制度という檻の中で、己れが首を絞めている」。猫に笑われるまでもなく、僕たちは自由を求めて不自由を積み上げている。湊さん、あなたはこの檻の鍵を、どこに隠したか知っていますか?』

 付箋の主は、初めて僕の名前を記した。
 「湊さん」。その文字を見た瞬間、心臓が跳ねた。見知らぬ誰かと、確かに繋がってしまったという感覚。
 彼は、僕がこの連載を書き留めていること、あるいは図書室の管理人として日々思考を巡らせていることを、どこかで知っているのだろうか。

「湊くん、また顔が怖いよ。付箋の幽霊に恋でもした?」
 図書室に立ち寄った透子が、いつものように茶化してくる。
「……恋じゃないけど、この人は、僕が何を考えているのかを正確に射抜いてくるんだ。檻の鍵、か」

 僕たちは、会社、学校、世間体といった様々な檻の中で生きている。
 そして今、この図書室という最後の「檻の外」までもが、再開発という名の新しい檻に飲み込まれようとしている。
「鍵なんて、最初からかかってないんじゃない? みんな、自分が檻の中にいると思い込んでいる方が、安全だと思ってるだけだよ」
 透子はそう言って、僕から付箋を取り上げ、裏側を見た。そこには、小さな、本当に小さな文字で、一組の座標のような数字が書かれていた。

 それが何を意味するのか、今の僕には分からない。
 けれど、見えない対話者からのメッセージは、確実に僕の日常を揺さぶり始めていた。
 信号が青になるのを待つ間に、僕はその数字を心の中で何度も反芻した。