金曜日の夜。透子が玄関を開けるなり、「辛いものが食べたい!」と叫んだ。
彼女の顔には、一週間分のストレスが蓄積し、今にも爆発しそうな小さな火花が散っている。
「どうしたの。そんなに殺気立って」
「クライアントが無茶を言ってきたのよ。修正に修正を重ねて、結局、一番最初の案に戻るんですって。私の三日間を返してほしいわ。……もう、このモヤモヤをスパイスで焼き尽くしたい!」
僕は頷き、キッチンでスパイスの小瓶を取り出した。
クミン、コリアンダー、ターメリック。そして、彼女の怒りを鎮めるための、少し多めのチリパウダー。
今日は、時間をかけて煮込むカレーではない。フライパン一つで、素材の刺激をダイレクトに味わう『ひき肉とレンコンのキーマカレー』だ。
玉ねぎを飴色になるまで炒め、スパイスの香りを立たせる。レンコンのシャキシャキとした食感は、噛むことでストレスを解消してくれるはずだ。
「……いい匂い。鼻の奥の細胞が、一斉に目を覚ます感じ」
透子が、吸い寄せられるようにキッチンの椅子に座った。
「はい、お待たせ。一週間の焦燥を溶かす、特製カレーだよ」
皿に盛られたカレーは、五月の夕日のような深いオレンジ色をしていた。
「……辛い! でも、美味しい。なんだか、悩んでいるのがバカバカしくなってきた」
彼女は汗を拭いながら、勢いよくスプーンを動かした。
「スパイスはね、薬草でもあるんだ。体の巡りを良くして、滞っていた感情を無理やり動かしてくれる」
「湊くん、私……明日、あの井戸を見に行こう。スパイスで頭を空っぽにして、今のうちに大切なものを、ちゃんと見ておきたいの」
彼女の言葉には、さっきまでのトゲが消えていた。
金曜日の夜。一皿のカレーは、戦場から帰った彼女の心を、日常という名の平原へと連れ戻してくれた。
信号が青になっても、僕たちは急がない。明日という休日へ向かって、スパイスの余韻を楽しみながら、ゆっくりと歩みを進めるだけだ。
湊の金曜レシピ:焦燥を溶かす「レンコンのキーマカレー」
イライラが止まらない夜、何かを思いっきり「噛み砕きたい」時におすすめです。
レンコンの食感とスパイスの刺激が、モヤモヤした思考をリセットしてくれます。
【材料】(2人分)
* 合い挽き肉 … 200g
* レンコン … 150g(1cm角に切る)
* 玉ねぎ … 1個(みじん切り)
* にんにく・生姜 … 各1かけ(みじん切り)
* カレー粉 … 大さじ2(またはお好みのスパイス)
* ケチャップ・ウスターソース … 各大さじ1
* 水 … 100ml
* オリーブオイル … 大さじ1
【作り方】
1. フライパンにオイル、にんにく、生姜を熱し、香りが立ったら玉ねぎを入れ、透き通るまで炒める。
2. ひき肉を入れ、色が変わるまで炒めたら、レンコンを加えてさらに2〜3分炒める。
3. カレー粉を入れ、全体に粉っぽさがなくなるまで炒め合わせる。
4. 水、ケチャップ、ソースを加え、水分が飛んでとろみがつくまで5分ほど煮詰める。
5. 塩・胡椒(分量外)で味を整え、温かいご飯にかけて完成。
【湊のひと言】
「レンコンは少し大きめに切るのがポイントです。咀嚼(そしゃく)することで脳がリラックスし、スパイスの効果で驚くほどスッキリしますよ。辛いのが苦手な方は、仕上げに生クリームを少し垂らしてくださいね」