YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第47話:日曜日の境界線

日曜日の夕暮れ。明日の月曜日には、図書室の存続を左右する「住民説明会」が控えている。
 街は、大型連休が遠い昔のことのように、完全に日常の喧騒を取り戻していた。

「湊くん。明日の説明会、本当に出るの? 相手はプロよ。正論でねじ伏せようとしても、向こうは『全体の幸福』っていう最強のカードを出してくる」
 透子が、ソファで明日のプレゼン資料をチェックしながら言った。彼女の横顔は、再び「戦う大人」の険しさを取り戻している。
「分かっているよ。僕一人が反対したところで、計画が止まるとは思っていない。でも、あの井戸や、図書室の静寂を『なかったこと』にして進むのだけは、見て見ぬふりができないんだ」

 SNSを開くと、再開発を歓迎する声も多かった。
『駅前が綺麗になるのは嬉しい』『資産価値が上がる』『不便な古い建物はいらない』。
 それらはすべて正論だ。誰だって、快適で便利な生活を送りたい。僕だって、その恩恵を預かっている一人だ。

「……ねえ、湊くん。私ね、会社でよく思うの。一人の小さな声を無視して作った『完璧な世界』って、本当に幸せなのかなって。でも、そう思ってしまう自分を、仕事中は全力で殺しているのよ。じゃないと、生きていけないから」
 彼女はタブレットを閉じ、僕の手の上に自分の手を重ねた。
「明日は、私の分まで、その『不完全な声』を届けてきてよ。……冷たい井戸の水を、あのスーツの人たちのテーブルにぶちまけるくらいの気持ちでさ」

 彼女の冗談めかした言葉が、僕の背中を静かに押した。
 日曜日の夜。僕は自分の言葉を、一つ一つ丁寧に整理し始めた。
 それは、誰を攻撃するためでもない。ただ、そこに在るものを、在るものとして認めてほしいという、祈りに似た叫びだった。