金曜日の夜。今日に限っては、僕の方が精神的に限界を迎えていた。
昼間、再開発反対派の住民から「もっと過激に抗議しろ」と迫られ、賛成派からは冷ややかな目を向けられた。正解のない対立の真ん中に立ち続けることは、僕が想像していた以上に心を摩耗させた。
玄関を開け、ソファに倒れ込んだ僕に、透子が意外な言葉をかけた。
「……湊くん、今日はそこに座ってて。私が作るから」
「えっ、透子が? 疲れてるんじゃ……」
「コンペに勝ったお祝いよ。それに、今の湊くんは、一ヶ月前の私と同じ顔をしてる。何も考えずに、美味しいものを食べる権利があるわ」
彼女はキッチンに立ち、冷蔵庫にあるもので手際よく(というよりは、彼女らしい効率の良さで)料理を始めた。
普段は僕が作るのを見ているだけの彼女が、不器用に包丁を握り、フライパンを熱している。
「焦げちゃうよ」と言いそうになるのを飲み込み、僕は彼女の背中を眺めていた。
「はい、できた。透子特製、『戦士の休息トースト』だよ」
目の前に置かれたのは、厚切りのトーストに、ありったけのチーズとハム、そして半熟の目玉焼きを乗せて焼いた、暴力的なまでに美味しそうな一皿だった。
「……すごいボリュームだね」
「いいのよ、金曜日の夜なんだから。カロリーなんて気にしたら負け。ほら、冷めないうちに食べて」
一口食べると、濃厚なチーズの塩気と、黄身のまろやかさが口いっぱいに広がった。
それは、洗練された料理ではないかもしれないけれど、彼女の「守りたい」という意志が詰まった、最高に力強い味だった。
「……美味しい。なんだか、肩の荷がふっと軽くなった気がする」
「でしょ? 湊くんはいつも私のために作ってくれるけど、たまには甘えなさいよ。私たちは、お互いに盾を預け合って生きてるんだから」
金曜日の夜。キッチンからは、僕の好きな少し濃いめのお茶の香りが漂ってきた。
外の世界ではまだ嵐が続いているけれど、この食卓だけは、どんな理不尽も届かない聖域だった。
湊の金曜レシピ(番外編):透子の「戦士の休息トースト」
今日は立場が逆転。料理をしない透子でも作れる、シンプルで最強の回復食です。
自分を甘やかしたい夜に、罪悪感を捨てて召し上がれ。
【材料】(1人分)
* 食パン(4枚切りなど厚めがおすすめ) … 1枚
* スライスチーズ(とろけるタイプ) … 2〜3枚(好きなだけ)
* ロースハム … 2枚
* 卵 … 1個
* マヨネーズ … 適量
* ブラックペッパー … 少々
【作り方】
1. 食パンの縁に沿ってマヨネーズで「土手」を作る。
2. 土手の中にハムを敷き、その上に卵を割り入れる。
3. その上からスライスチーズで卵に蓋をするように覆う(チーズは多ければ多いほど良い)。
4. トースターでチーズに焼き色がつき、卵が好みの固さになるまで焼く(5〜8分ほど)。
5. 仕上げにブラックペッパーをたっぷりと振って完成。
【透子からのひと言】
「コツは、卵を信じてじっと待つこと。チーズがカリカリになった頃、湊くんの眉間のシワもきっと消えてるはずよ。ナイフとフォークで、黄身を崩しながら豪快に食べてね!」