YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第54話:塩の匂いと、日曜日の帰還

日曜日の午後。僕たちは、髪に微かな潮の匂いを残したまま、街へと戻ってきた。
 駅を降りた瞬間に鼻を突くのは、アスファルトが焼ける匂いと、排気ガスの乾いた空気だ。海での数時間が、まるで遠い異世界の出来事のように思えてくる。

「……現実に戻ってきちゃったね。明日の朝には、またあの満員電車と、意味のない会議が待ってる」
 透子が、自動改札を抜けながら小さく溜息をついた。
「でも、ポケットの中に砂が少し残っているだけで、心はまだ半分、あそこにいられる気がしない?」
「湊くん、それはただの掃除が大変な話でしょ。……でも、確かに。あの青い色を思い出すだけで、明日、少しだけ優しく笑える気がするわ」

 日曜日の夜。僕は自宅のデスクで、海で見つけた小さな貝殻を眺めていた。
 街は、明日からの月曜日を乗り切るために、再び武装を整え始めている。街灯が冷たく光り、人々の窓にはカーテンが引かれる。
 けれど、僕の中には昨日聴いた波の音が、まだ静かに響き続けていた。

 大切なものは、目に見える形では残らないのかもしれない。
 再開発で街が変わっても、僕たちが海で感じたあの静寂や、井戸の前で聴いた水脈の音は、僕たちの記憶という地下水となって、枯れずに流れ続ける。
 僕は明日、図書室のカウンターで、新しい一ページを綴る準備を始めた。
 日曜日の終わり。信号が赤から青に変わるその一瞬、僕はもう、以前ほどは迷わずに一歩を踏み出せるような気がしていた。