YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第55話:図面を止める「記憶の石」(白の糸)

月曜日の朝。図書室の前に、一台の黒いセダンが止まった。
 降りてきたのは、先日のデベロッパーの男性……ではなく、白髪の混じった眼鏡の女性だった。彼女は建物を見上げ、小さなカメラで外壁を丁寧に撮影し始めた。

「失礼。ここの管理人の湊さんですね? 私は文化財保護委員会の調査員をしております」
 彼女が差し出した名刺を見て、僕は息を呑んだ。
「……文化財、ですか? ここはただの古い民家を改装した図書室ですが」
「ええ。ですが、この建物の基礎部分と梁(はり)に使われている技法は、昭和初期の貴重な洋館建築の様式を残している可能性があるんです。住民説明会でのあなたの発言を聞いた有志の方から、調査依頼がありましてね」

 調査。その言葉が、僕の中に微かな希望の光を灯した。
 もし、この建物に歴史的価値があると認められれば、再開発の計画は修正を余儀なくされる。効率という名のブルドーザーの前に、大きな「記憶の石」が置かれたのだ。

「湊くん、すごいじゃない! 誰かが湊くんの言葉を聞いて、動いてくれたのよ。あの井戸の重じいかしら、それとも……」
 夜、報告を聞いた透子が、自分のことのように喜んでくれた。
「……まだ分からないよ。価値がないと判断されるかもしれないし。でも、少なくとも『無価値な古い家』ではなく、調査の対象として扱われるようになった。それだけで、この場所が呼吸を許された気がするんだ」

 信号は、まだ青ではない。けれど、黄色信号が点滅して、世界が一度立ち止まったような気がした。
 僕は調査員の女性が残していった、古い設計図の写しを眺めた。
 図面の中に描かれた、目に見えない職人たちの意志。それを守ることが、僕に課せられた新しい使命のように思えた。